幸福観

まえがき。生命とは、エネルギー・水・空気・物質のダイナミックな循環を構成するひとつの「渦」で、大きな循環の中でひっそりと誕生し、一定の時間、動的に平衡状態を保つが、命を全うすると、大きな循環の中に淡々と戻る。人間は、このちっぽけな「渦」に大きな脳を装備し、自己意識・自我を持つに至り、その脳の想像力を生かして、現実世界に加えて、各種想像世界(過去、将来、倫理・規則、他者の心、各種概念、自らの価値観等)を持って自己を中心とした天動説的でにぎやかな世界観を築いた上で、自己の身体について自己所有感を確立している。一方、人間は、進化の過程で、時間の概念を得て、自らがいずれ死滅することを知り「死とは何か?」「人生とは何か?」と色々と思い悩む。それらは、科学的・生物学的視点/自然界の真実の視点/高校レベルの常識視点で客観的・冷静に考えれば答えは共に単なる進化の過程であるにもかかわらずだ(自分事となると急に客観的・冷静でなくなる!)。

幸福感。「幸せとは何か?」についても、「死とは何か?」「人生とは何か?」と同様に、宗教、哲学、文学、社会学など、さまざまな分野で繰り返し取り上げられてきた。英語では、happy/happinessは一時的な/瞬間の「幸せな感情」のニュアンスが強いのに対し(例えば、目標を達成した瞬間、大きなhappy/happiness感情を得るが、心はそれを瞬時に織り込むこともあり、多少の余韻は継続しても強い感情を感じるのは一瞬)、well-being(ウェルビーイング)は「幸せな状態」を意味する。「幸せ」とは、ベースとしてウェルビーイングな状態にあり、折に触れてハッピーな感情が得られることがある状況と言えるだろう。前者は意識が支配的な認識で(→同じ条件でも幸せな人とそうでない人の個人差がでる)、後者は無意識が支配的な認識/感情とも言える。ブッダは「苦しみは心が生み出す」と言ったが、「幸せも心が生み出す」のだろう。経験的にも、財産・名誉の賞味期間は限定的だと感じる。本エッセーでは、前者(ウェルビーイング)が、同じ条件でも幸せな人とそうでない人の個人差がでること/個々の捉え方次第であるを踏まえて、深堀を試みる。

ウェルビーイング。ウェルビーイングをざっくり定義/イメージすると、やや表面的だが「心身が健康で、家族等人的関係性が充実しており、経済社会状況が安定している」(↔生存&生殖をより確実に行うことをベースラインにして、ハッピーな感情が得られること等のアップサイドを狙える)状態だろう。また、違う切り口で言うと4つの要素が関係していると言われている。①自分に向かう幸せ感。つまり、自己の成長に向かって進んでいる状態。イキイキ・ワクワク。自利。②他者に向かう幸せ感。つまり、他者と愛情・感謝等のつながり/関係性を持っている状態。利他的/思いやり行動で、自己・他者ともに幸せ度アップ。③楽観的な幸せ感。つまり、キレのある気持ちの切り替えや「根拠のない自信」を含めて楽観性を持っている状態。チャレンジしやすい心の環境。 ④マイペースな幸せ感。つまり、他者比較や「must to do」に引っ張られず、マイペースを維持できている状態。自分軸の堅持。

4つの要素の意味。①→②→③→④のように、後に行くほどハードルが高いと思われる。①人間/動物の一義的な目標は、生存&生殖であるから、自己の発展が幸せ感に直結することは容易に想像できる。②人間は、他の種に比べて、必ずしも高い身体能力を持っておらず、(脳を大きくして、かつ、)コミュニティーを形成し成員間の協力で生き残ってきた。他者との充実した関係性は幸せ感につながるだろう。③(脳はリスクに満ちた狩猟採集生活を想定しているために)感情はリスク管理目的にネガティブ/悲観優先にできる。それに逆らって楽観性を持つことは、自然体ではネガティブ/悲観優先であることを熟知しているとともに、それを抑え込む一定の一の意志の力が必要と思われる。根拠のない自信を持てる状態/力と言えるかも。④他者比較は、コミュニティーの中で自分の特徴を認識させるためにDNA(脳)に埋め込まらた仕掛けでもあるので日常的/無意識的に行われている。また、脳が自然体で想定しているコミュニティーは狩猟採集時代の最大150人レベルと思われ、現代社会のそれとは規模・複雑性で大きなギャップがある(例えば、現代人は、関係性の薄い多くの人が視野に入っており、それらに対して無意識が他者比較を行っている)。したがって、現代人が、現在の高度な文明社会において、無意識が頻繁に発信する他者比較に引っ張られず、マイペースを維持することは結構ハードルが高いと思われる。

まとめ。①②③④の各要素を極力多く、また、バランスよく持っている状態がウェルビーイングにつながり、そのような状態の中でハッピーな感情が得られるチャンスが増えてくると思われる。個人的には、自己(自利)充実と関係性(他利)充実はもちろんのこと、特に、楽観性維持と他者比較に(過度に)引っ張られないマイペースに留意したい。掛け声としては、「やってみよう!←自利」「ありがとう!←他利」「なんとかなる!←根拠のない自信」「自分らしく!←自尊心」だろうか。漢字なら、挑戦・感謝・楽観・信念だ。ブッダが言う「苦しみは心が生み出す」≒リスク管理目的にネガティブ/悲観優先の感情を相殺するためにもウェルビーイング(①②③④の各要素を極力多く、また、バランスよく持っている状態)が有効になりそうだ。(完)