Wikiの宗教依存症によると「宗教の問題点は、多くの宗教が、宗教依存症になる事と信仰深くある事の違いを明確に表していないことである。その違いを明確にしないことで、宗教と信者の共依存状態となってしまっている場合が多く存在する。また、共依存となっている状態が互いの心と組織の安定としてしまっていることがある。また、宗教に依存し生活が破綻している信者を熱心に活動をしている信者などと表彰したり、それらを互いに競わせることで宗教と信者の共依存状態をさらに強化してしまう問題も存在する。 また依存性が強化された信者に対して宗教が多額の寄付を要求したり、信者間で寄付や成果を煽り競争させることでさらに依存性が強化する悪循環に陥ってしまうことがある」と。これ、旧統一教会のことをうまく表現している。ところで、文科省が宗教法人法に基づき解散命令を出すよう求めた裁判で、東京地裁が双方の見解を直接聞く審問を2月22日行うようだ。他の宗教でも「精一杯のお布施」が強く推奨され共依存が深まているケースは以外と多い!?
私が集めた知見では、特定宗教を信じるという事は、自らの力で世界観を構築する権利を放棄して、特定宗教の狭い世界観を真理として受け入れることによって「心の平穏」と「生きる推進力」を得ようとする賭けだ。本来、そんな安直な選択肢ではなくて、自らの手で世界観(→「心の平穏」と「生きる推進力」を確保)を構築すべきだと私は思う(≒哲学をする)。人類学と脳科学の知見を使えばそれほど難しいこととは思わない。まあ、一旦特定宗教に入ってしまうと、共依存やマインドコントロールの影響もあり、なかなか抜け出せないのかも。
【今日の1日/曇・雪】6時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。雪の状況チェック。朝食。農園-昼食-買物-ジム-ホームセンター。夕食。就寝。(一言)雪解けはまだ時間がかかりそう。
【短期目標=方向性】動きながら考える。身体↑+心の制御↑(心の平穏+生きる推進、顕在意識⇔潜在意識、Must軸→目的・目標軸、人間≒脳≒心に対する洞察)+「道具+技術+知識・思考=世界観=生活・実行=習慣」↑【中期目標】INPUT⇔OUTPUTの好循環→ブログコンテンツ蓄積↑(言語力)。箱根峠宅の庭構築・利用↑(空間力)。家計認識・運営↑(数字力)。【長期目標】人生の結章:ブログ→「卒サラ@還暦してわかった人間≒脳≒心! 人類学と脳科学の知見で世界観を作ってみた」を出版(内省力、科学的知見を梃子に「人間の深み」を哲学する)。ファミリーツリー運営+自然と共生。【メモ】70才まで9年弱、80才まで19年弱、90歳まで29年弱(初孫28才)、100才まで39年弱。