狩猟採集時代を「残像」とする人間にとって死ぬまで働くが常識?言い換えると、狩猟採集時代の「働く」とは何だったか? 狩猟採集民にとって、「働く」は生きることそのものだった。食料を得る、移動する、火を扱う、仲間と協力する。それらはすべて「生活」と「労働」が未分化な活動だった。しかも、学術調査によれば、彼らの「狩猟・採集」活動は1日3〜5時間程度だったとも言われている。それ以外の時間は、休息、遊び、交流、工芸、歌や踊りなどに使われていた。つまり、「死ぬまで働く」のではなく、「無理せず、日々を回す」生き方だったとも言える。「死ぬまで働く」は、近代以降の工業化社会で生まれた概念。貨幣経済、分業、労働市場、定年制などが生まれ、「仕事」が「生きる手段」から「制度的義務」になった。特に20世紀後半以降、「定年まで働いて、老後は年金で余生を過ごす」というライフサイクルが標準化された。
人間は、社会的動物としての活動意欲を持ち続ける。年齢に関係なく、何かに貢献したり、他者に役立ったりすることに喜びを感じる。「遊ぶように働く」「役割を持ち続ける」という意味でなら、「死ぬまで働く」は自然とも言える。一方で、収入のためにフルタイムで拘束され、評価され、管理される「労働」を死ぬまで続けるのは、身体や精神の構造から見て不自然だ。死ぬまで「労働」を続けるのではなく、死ぬまで「貢献し、関わり、創り続ける」ことが自然。それは「仕事」かもしれないし、「ボランティア」「趣味」「家族」「創作」「学び」かもしれない。この「なにかをやっていたい」という感覚は、狩猟採集民の「日々を楽しみ、回す」感覚に近い。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。朝食。オンライン取締役会。昼食。退職通知に返信。身辺整理。夕食。阪神タイガース観戦。(一言)阪神、ようやく連敗阻止。
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか by 今井むつみ・秋田喜美
【OUTPUT】マンダラチャート維持
