インドで生まれ中国に伝わり日本にも伝わった仏教。宗派が多岐に分かれ詳細に入れば入るほど迷路に入る。一方で、単純化して考えれば、仏教の本質は「瞑想(マインドフルネス)で呼吸(自律神経への唯一の窓口)に集中しながら自分の体の動きを観察し、次に心の動きを観察」+「心の動きを緩やかにし、細かく分解して客観視する(雑念理解)」+「(雑念→正念・悟り)苦しみとはなにか(苦しみは心/第二の矢/戯論が生み出す→振り回されることのない自分を目指す)、生きるとは何か/人の生の本質を理解」だろう。色々な人/宗派/宗教学者が色々なことを語っているがイマイチ何を言っているのかわからない。各自が至った深い境地を言語で説明することは難しいのだ。なので、仏教は「目指すべき境地」(←言語で表現しても他者にはわからない)ではなく「方法論」を共通の土俵として意見交換をすればよいのではないか。要は、方法論としての瞑想(マインドフルネス)+心身の観察だろう。昔、ヨガのインストラクタ-聞いたこととはほとんど同じだ。
詳細化⇔単純化、積み上げて考える⇔結果・答えから逆算的に考える、帰納的に考える⇔演繹的に考える。。。物事は2方向から考えると本質に近づけるように思う。
【今日の1日】5:30起床。情報by新聞・TV。ブログ書き。朝食。庭整備。散歩。ららぽーと沼津-スシロー沼津-農園。焼き芋。大相撲観戦。大河ドラマ鑑賞。夕食。 (一言)相撲の仕切りを見ていると、人は目と目でコミュニケーションしていることがわかる。気迫の貴景勝、連日の流血。。。