――人生は、いつから重くなったのだろうか
人生は、いつから重くなったのだろうか。この問いに、いま私は、はっきりとした答えを持っている。人生が重くなったのは、年齢のせいでも、能力の低下でもなかった。思考と意志だけで人生を押し切ろうとし、身体や潜在意識の声を置き去りにしたまま、文明社会を走り続けてきたからだったのだと思う。
現役時代、私は役割に応え、期待に適応し、評価を積み上げることで人生を回してきた。それは間違いではなかった。だが、卒サラ1年目に、その運転モードを無自覚に継続したところ、外側の世界は静かになったのに、内側は落ち着かなかった。自由になったはずなのに、人生は軽くならなかった。また、「役に立とうとすること」は善だと信じて疑わなかったが、それが自分を追い込んでいるとは、そのときは気づかなかった。「役に立とうとすること」そのものが、いつの間にか、私の人生を重くしていたのかもしれない。
人類史や進化史を経由して、自分自身の人間としての深層を眺め直したとき、問題は個人の努力不足ではなく、人間の構造と文明社会との間に構造的なズレがあることが見えてきた。私たちは、狩猟採集生活を前提に設計された脳で、役割と制度を介して世界と接続するという、脳が想定していない現代文明社会を生きている。その基本的な構図を知らずに、思考と意志だけで何とかしようとすれば、どこかで無理や歪みが生じるのは当然だった。
卒サラ2年目に得たその気づきを起点に、私が行ったのは、考え方を変えることではなかった。卒サラ3年目に、足元の「生活」を徹底的に整え直した。
私たちが、家庭をベースに仕事や学校といった複数の「分室」を渡り歩く生き方をしているのとは対照的に、狩猟採集時代には、最大でも顔がわかる150人ほどの集団が営む「生活」という時空の中に、すべてが収まっていた。衣食住遊楽、生産・消費、学習・伝承――あらゆる営みが、その世界の内部で完結していた。これが、狩猟採集脳に刻まれた原風景である。
一方、現代文明社会を生きる私たちは、「アナログ時代」であっても、家庭を起床後30分で飛び出し、夜遅くまで、職場や学校といった「分室」の中で「時間割」に基づいて行動し、脳の想定を超える数の人と付き合ってきた。さらに、30年ほど前に「デジタル時代」を迎え、ネット空間という、目に見えないが巨大な分室が加わった。そこでは、脳からすれば関係性の濃度が極めて薄いまま、天文学的な数の人とつながることになる。オンとオフの切り替えは失われ、基本的に「常時接続」が前提となった。
現代人が1日に浴びる情報量は、平安時代の人の一生分、あるいは江戸時代の1年分に匹敵すると言われる。狩猟採集時代と比べると、どうなるのだろうか。
その結果、ホームグラウンドであるはずの家庭での「生活」は、相対的にますます軽視されるようになった。「分室」という世界と自己をつなぐ主たるインターフェースは、言語と思考、すなわち顕在意識である。対して、「生活」を主に仕切っているのは、潜在意識と身体だ。理想的には、顕在意識・潜在意識・身体がそれぞれの役割を果たしながら調整され、全体として統合されて生活を回すべきところ、「分室」に意識を取られれば取られるほど、顕在意識の一人芝居は強まってきた。一方で、潜在意識と身体は、長く無視されてきたと言ってよい。
しかも、現代文明と比べれば、生存リスクがはるかに高かった狩猟採集時代に形成された脳は、本質的に臆病である。ドキドキしやすい。人間の脳が、「生存モード(警戒・防衛)」と「探索モード(遊び・創造)」という二つのモードを行き来しているとすれば、狩猟採集脳は構造的に生存モードに傾いている。生存モードに入ると、思考は視野が狭くなり、正解探しや自己防衛が優先される。身体は緊張し、感覚は鈍り、潜在意識は常に警戒を続ける。この状態では、顕在意識でいくら考え方を変えようとしても、根本的な安心は生まれない。むしろ、逆効果だ。引きこもりという現象も、個人の問題というより、人間が文明社会で直面する構造的なズレと無関係ではないのではないか。
文明社会を生きる多くの人は、それでも頑張る。私もそうだった。サラリーマン時代、二度ほど、一か月程度の休養が必要になったことがあった。
脳の前提と、現実の文明社会の構造――情報量の差に加えて、
一つの世界で完結する生活と、複数の分室を行き来する現代社会。
150人と、天文学的な人数。
顔が見える関係と、顔が見えない関係。
オン・オフの切り替えと、常時接続。
こうしたギャップを十分に認識・調整しないまま、顕在意識主導の思考・意志や気合、根性、努力に基づく行動だけで状況を押し切ろうとすれば、自己(顕在意識+潜在意識+身体)の内部に、無理や歪みが生じるのは当然だった。本当にコロンブスの卵だった。
では、どうすればよいのか。必要だったのは、目からうろこが落ちるような「超」足元のことだった。卒サラによって、「分室」通いがなくなり、家庭での「生活」――狩猟採集脳に刻まれた原風景に近い生活――が中心になったからこそ、見えてきた構図・視点だったのかもしれない。また、二拠点生活の中で、生活の半分を自然の中で過ごすからこそ、気づいたことだったのかもしれない。もっとも、卒サラ2年目に、人類史や進化史を学ばなければ、この構図・視点には気づかなかっただろう。
私に必要だったのは、自己・人間の構造――本来ワンチームである顕在意識・潜在意識・身体――および、それぞれの本来の役割を認識したうえで、「生活」――狩猟採集脳にとっての世界そのもの――を、しっかり整えることだった。「生活」を整えることは、文明社会ではあまりに基本的な話に聞こえるため、「それだけで?」と思う人も多いだろう。しかし、狩猟採集脳にとっては、それが「すべて」なのだ。言い換えれば、ヨガで言うように細く長く息を吐くことで潜在意識を一定程度落ち着かせることはできるが、より包括的に顕在意識が潜在意識にアプローチするには、そのルートしかない。また、潜在意識は顕在意識と違い、非言語の世界であることを忘れるべきではない。「生活」にあらためて着目できるかどうかで、人生の景色は本当に変わる。大袈裟に言っているのではない。私の場合、卒サラ3年目に、工夫を重ねて深い睡眠を得られた体験に味を占め、徹底して生活を整えた結果としての実感である。
62才にして、狩猟採集脳で文明社会を生きるためのスタートラインにつくことができた。
より具体的には、狩猟採集脳の原点に立ち返り、睡眠、時間の使い方、空間のあり方、情報との距離を、一つひとつ丁寧に整える。それらを通じて、潜在意識と身体に、「ここは安全だ」と伝え直すことだった。これがスタートラインだった。せめて、中学の授業で教えるべきだと感じるほど、基本的なことだ。また、その意義に腹落ちすれば、誰にでもできることだった。
その上で、文明社会の各要素(膨大な情報、薄い人間関係、仕事・役割、お金・評価、数値化された指標、抽象的な制度、選択肢の過剰、人工的な時間構造、自由な時間、そして長い人生など)――狩猟採集脳にとっては想定外のもの――との距離感や、それに向かう姿勢を決め、実行する。潜在意識にとって想定外のこととの距離感や姿勢を決めることこそが、顕在意識が文明社会で担う本来の役割なのだ。現役世代の人は、「分室」生活を前提に、身体に対するある程度の鞭入れを、文明社会の必要悪として、瞬間的に受け入れざるを得ない場面もあるだろう。しかしそれは、無自覚に、潜在意識を無視し、身体を叱咤激励し続けることとは別物である。
このような卒サラ後の思考プロセス・行動を経て、間違った方向に孤軍奮闘していた顕在意識の力が、ふっと抜けた。すると、顕在意識・潜在意識・身体の三者がワンチームとなった自己が、静かに立ち上がり始めた。物語風に聞こえるかもしれないが、卒サラ後3年経過時点で得た境地は、まさにそんな感じだった。
人生がふっと軽くなったと感じたのは、そのときだった。
文字通り肩の力が抜け、やや前傾姿勢だった身体が、まっすぐになった。整った自己で世界と向き合うと、社会や他者は、戦う相手でも、逃げる対象でもなくなる。誰とでもフラットに話せる感覚になり、距離と姿勢を調整しながら、関係を持続していく対象になる。姿勢が整うと、視線は自然に上向く。視線は長めの時間軸を見るようになり、老後、終末、次世代といったテーマも、正面から逃げずに捉えられるようになる。一定の落ち着きがあるためか、恐怖や不安ではなく、引き受け直すべき現実として現れてきた。人生の終盤とは、何かを成し遂げる時期ではなく、ここまで生きてきた人生を、一度分解し、取捨選択し、組み立て直して、最後まで丁寧に扱う段階なのだと、今は思っている。
人間の構造を踏まえたとき、現実の文明社会の中で、人生はどのように回し直せるのか。人生は、整った状態で、静かに回し続けられれば、それで十分なのではないだろうか。
本書は、人生を成功させる方法を書いた本ではない。人生を、最後まで無理なく、スムーズに、力感なく回し続けるための、構造の話である。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。昼食。執筆。ゴミ捨て-知人宅。夕食。就寝。(一言)老後に向けて、「デジタル生活」を今一度引き締める必要がある。
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)心配事の9割は起こらない 枡野俊明
【OUTPUT】マンダラチャート維持
