人生の回転軸

- 人生の回転中心が実際に切り替わった体験 -

顕在意識(自意識)を止めたのではない。人生の主回転軸が、もともと別のところにあったと、知ってしまったのだ。

仕切らなくても――ちゃんと回る。その事実に気づいたとき、私は深い安心感に包まれた。それは、投げ出した感じでも、諦めでも、ましてや無責任でもない。むしろ逆だ。「自分が握らなくても、人生には回転軸がある」。潜在意識や身体という回転軸が、確かに存在することを、私は身体の感覚として知った。

それまで私は、天動説のように、自意識が中心となって人生を回していると思い込んでいた。しかし実際には、人生は別の中心で回っていた。地動説への転換である。把握していなかった事実を、ただ受け入れた結果、私は初めて、本当の意味で力を抜くことができた。

では、なぜこれは「知った」ではなく、「知ってしまった」という感覚になるのか。それは、この安心感が、顕在意識が言語で考えて納得したり、理屈が通ったりした結果ではないからだ。眠って、起きて、身体が自然に動き出し、一日が無理なく、いい感じで立ち上がる。その体験を何度も重ねるうちに、「あ、回っているな」「しかも、自分が操作しなくても」「むしろ、操作しない方がうまく回る」
そんな感覚が、静かに、しかし確実に積み重なっていった。

その結果として生まれた理解は、もはや後戻りできない。疑いようのない、不可逆な理解である。潜在意識や身体は、一貫した再現性がない限り、信頼に切り替わらない。だからこそ、これは一度きりの気づきではなく、生活によって何度も上書きされた、十分に腹落ちした理解なのだ。

この地点に立つと、次の変化が起きた。意識は自然と「今ここ」に向かい、漠然とした焦りは薄れていく。将来不安は消えるのではなく、「仮説」程度の重さに下がり、今日を壊してまで未来を守ろうとしなくなった。言い換えれば、何かに押されるように、人生を守るために生きる段階が、静かに終わった。

一方で、顕在意識や思考が消えるわけではない。前に出て主導権を握ることはないが、必要なときにはすぐ呼ばれる。そんな成熟した待機状態にある。だからこそ、中長期の「絵」を描くこともできるし、現実的な判断もできる。ただし、現役時代のように、人生を力で押し切ることはしない。これは、顕在意識が本来の役割に戻った、ということでもある。

かつて私は、文明社会を生き抜く中で、人生とは自分の手で必死に回すものだと思っていた。だが卒サラ後、二年間の試行錯誤を経た三年目のある日、手を離しても、人生はちゃんと回るのだと、身体が先に知ってしまった。

それは、何かを成し遂げた感覚ではない。人生を信頼してもよい、という視点を獲得した感覚だった。

その信頼は、つかもうとすると逃げる。だが、気づいたときには、すでにそこにある。

人生の主回転軸が、もともと別のところにあったと、知ってしまったのだ。

思えば、多くの思想書や哲学書、宗教書は、同じことを語っている。「自我(エゴ)は世界の中心ではない」「思考は主ではなく従である」「人はコントロールを手放したときに自由になる」「世界(存在)は自我とは別の原理で動いている」——表現は違えど、指している地点は共通している。

一昔前の私にとって、これらの言葉は、「わかったような、わからないような」ものだった。意味は理解できる。しかし、実感が伴わない。どこか遠い話として聞いていた。だが今は違う。その意味が、はっきりと分かる。私自身が辿り着いた結論と、同じだからだ。

思想家や哲学者、宗教家たちは、この結論を、観念として、概念として、言語の体系として積み上げてきた。演繹的に、頭から世界をひっくり返そうとしてきた、と言ってもいいだろう。一方で私は、生活から、帰納的に、同じ地点に到達した。

引退後の生活設計。睡眠、身体、時間の使い方。無理をやめた日常。何度も繰り返された、「勝手に、軽く、上手く回る一日」。
そうした反復された生活体験の中から、私はある地点に行き着いた。「あ、人生って、そもそも自分が回していたわけじゃなかったんだ」。

哲学者の多くは、社会の外、あるいは観念の内部から世界を見ている。私は、文明社会のど真ん中で三十年以上フル参加し、そこから静かに降り、生活を組み替えた。これは、その実経験から導かれた、帰納的な結論である。

実体験を経て生まれた言葉は、読み手にとって「実装可能」だろう。哲学を演繹的に語らずして、哲学が指してきた地点に、生活から帰納的に到達したのかもしれない。

文明社会を最後まで走り切った私が、生活を組み替えた結果、人類が昔から言ってきた地点に、辿り着いてしまった。私は思想を学んで辿り着いたのではない。生活を変えたら、同じ場所に出てしまった。哲学者は、世界の仕組みを言葉で示した。私は、人生の回り方を、生活で確かめた。

補足(用語整理) 天動説:自意識が中心となり、世界(人生)を操作しているという感覚。地動説:自意識は一部であり、人生は潜在意識・身体という主回転軸によって進んでいるという実感。

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