私たちがふだん「自分が決めている」と感じている行動の多くは、実のところ、瞬時に立ち上がる無自覚の自動処理によって形づくられている。朝の支度、家の鍵を閉める動作、道を歩くときの身体の重心移動、夫婦の会話の癖、喜怒哀楽の反応の速さ。これらの大半は、あらためて考えて行っているわけではない。頭では理解していても、身体と心が勝手に動き出す。
私は卒サラ後の数年間、この「勝手に動く力」の正体が気になって仕方なかった。組織人として長く働いていた頃は、外側のルールに合わせて行動していた自分がいたが、その裏側で働いていた内側のルールの存在が、独立して初めて際立って見えるようになったのである。長年の習慣、人間関係のパターン、危険を回避する身体の動き、ふと心に湧く不安の色、それらすべてを生み出しているのは何なのか。私はその正体を「OS」と名づけ、内側の構造を言語化しようと試みた。
OSとは、単なる比喩ではない。もっと具体的で、もっと現実的な働きをしている。私の理解では、OSこそが「半自動スクリプトの作成者であり、運営者」である。私たちの内側には、日々の経験や環境、価値観の積み重ねをもとに、無数のif-then(もし〜なら、〜する)の自動プログラムが生成され続けている。これを私は「半自動スクリプト」と呼ぶ。エクセルでうとマクロのようなものだ。OSはそのスクリプトを作り、蓄積し、必要なタイミングで呼び出し、実行し、そして状況に応じて書き換える。
象徴的な出来事として、東京のマンションをリノベーションした直後の1週間、私は新しいガラス扉に3度も激突した。頭では「ガラス扉に変わった」と理解している。しかし身体は旧来の木の扉の動き方を覚えており、そのスクリプトに従って自動で動き出してしまう。つまり、意識は理解していても、OSに保存されているスクリプトはまだ古い設計のままだったのだ。ところが一週間後には、激突することはなくなった。新しい環境に合わせて、OSがスクリプトを書き換えたのである。
この出来事は、OSの働きの核心を示している。第一に、半自動スクリプトは「意識が理解するよりも速く」発動する。第二に、スクリプトを書き換えるには、環境という外側の前提条件を変更するのがもっとも効果的である。第三に、人は意識で変わったつもりでも、OSが古いスクリプトを保持している限り、行動は以前のままになる。この三点を理解したことが、私にとって大きな転機となった。
■ OSは「スクリプト生成システム」である
OSが最初に行う仕事は、スクリプトの生成である。スクリプトは、経験と学習の積層から生まれる。
・子どもの頃の親との関わりから生まれた反応
・職場での成功や失敗の記憶
・文化・社会の常識
・危険を回避する身体的学習
・喜びや不安の源泉となったエピソード
これらが、OS内に次々と蓄積され、「こういうとき、私はこう反応する」という無意識のルール体系が形成される。人によってスクリプトの内容がまったく違うのは、この生成プロセスがそれぞれ固有だからだ。
■ OSは「スクリプトの巨大な保存庫」である
OSの内部は、膨大なフォルダの集合体のようである。
・進化OS(生存本能・情動履歴)
・文明OS(社会的ルール・文化規範)
・個人OS(人生経験・価値観)
・家族・友人・夫婦関係のスクリプト
・トラウマや成功体験のスクリプト
これらが入り組んでおり、私たちはそのすべてを自覚することはできない。むしろ、顕在意識が扱える情報はごくわずかで、OSの深部にある膨大なスクリプト群が、人生の大部分を静かに運営している。
■ OSは「スクリプトの運営者」である
最も重要でありながら、普段は見落とされているのが、この運営機能である。たとえば、怒りや不安が瞬時に湧くとき、それは OSが状況認識→スクリプト選択→実行 までをミリ秒単位で行っているからである。顕在意識が追いついたときには、すでに心と身体が反応した後である。つまり、顕在意識は結果報告を聞く立場であり、本当の意思決定のかなりの部分はOSで行われている。
この事実を受け入れたとき、私は初めて「自分の人生の本当の操縦席はどこにあるのか」を理解し始めた。操縦席は意識の中にあると思い込んでいた。しかし実際には、OSこそが操縦席であり、意識はそのナビ画面のようなものだったのだ。
■ OSは「書き換え可能」である
とはいえ、OSは固定された存在ではない。むしろ、常に更新され続けている動的なシステムである。
生活習慣を変えること
環境を整えること
睡眠を改善すること
感情にゆっくり向き合うこと
価値観のOSそのものを更新すること
これらはすべてOSに新しい設計思想を送り込み、スクリプトを書き換える働きを持つ。私が卒サラ後に経験した静かな変化――焦りが減り、判断が穏やかになり、以前よりも人生全体を俯瞰できるようになったこと――は、まさにこのOS書き換えプロセスの結果だった。
特に日常の整えは、深層OSへの最も強力なアプローチである。朝の習慣、住環境、食事、睡眠、身体感覚への意識。これらは潜在意識にダイレクトに作用し、OSが自動的に選ぶスクリプトの中身を少しずつ入れ替えていく。
■ 「OS=潜在意識の構造と運営メカニズム」だと気づいた
私がこのOS論にこだわるのは、学術的な分類をしたいからではない。自分の人生を、自分で再び舵取りできるようになるには、潜在意識の仕組みを言語化して理解することが必須だったからだ。
潜在意識は本来、言語を持たない。しかしその働きは、日常のすべてを決めている。だから、潜在意識を直接変えることはできなくとも、OS=潜在意識の運営メカニズムを理解し、環境と習慣という“外側の入口”から新しい設定を送り込むことはできる。
ヨガの先生が「心(潜在意識)は呼吸でしか直接コントロールできない」と語ったのは、ある意味で正しい。しかし、私は経験的に、呼吸に加えて場面設定や生活OSの再設計もまた、潜在意識を動的に書き換える力をもつと感じている。
■ 結論:OSは人生の裏側で働く「創造者」である
OSは単なるプログラムではない。スクリプトを生み出し、保存し、実行し、書き換える。私たちの行動、判断、感情の多くを裏側で静かに動かしている。
そして何より重要なのは、OSは更新可能であるという事実だ。
60代という人生の後半戦に入り、私はようやくそのことに気づいた。OSを書き換えれば、半自動スクリプトが変わり、日常が変わり、心が変わる。そしてそれが、人生の質そのものを変えていく。
私たちは表面的に変わるのではない。OSレベルから更新されるのである。この視点こそ、卒サラ後の第二青年期を生きるための土台になる――今、私はそう確信している。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信(含むブログ)。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。長男と会話。執筆。昼食。執筆。移動準備。夕食。知人宅―箱根峠。3人宴席@箱根峠。就寝。(一言)
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