人生の終盤とは、どのような時間なのだろうか。
老後とは、引退なのか。終末とは、衰えなのか。
若い頃の私は、どこかでそんなイメージを抱いていた。
だが今は、少し違う感覚を持っている。人生の終盤とは、何かを成し遂げるための時期というより、ここまで生きてきた人生を、最後まで丁寧に扱い直す段階なのではないかと思うようになった。
人生の前半では、私たちは多くのものを背負わされる。
役割、期待、評価、責任。
それらに応えることは、文明社会を生きるうえで必要なことでもある。私自身、その運転モードで長く人生を回してきた。それが間違っていたとは、まったく思っていない。
だが、人生の後半、特に終盤に入ってもなお、その運転モードを続ける必要があるのかと問われれば、答えは違う。とりわけ、他人軸で生きる時間が長かった元サラリーマンにとっては、なおさらだ。むしろ、そこで一度立ち止まり、運転の仕方そのものを引き受け直すことが求められているのではないだろうか。
本書で繰り返し見てきたように、人間は、狩猟採集生活を前提に設計された存在である。約一万二千年前の農耕開始以降、文明の進展スピードはあまりに速く、生物的進化のスピードとの間に大きなミスマッチが生じている。その環境下で分断されがちだった身体、潜在意識、顕在意識が、それぞれ本来の役割に立ち戻り、ワンチームとして統合的に機能するとき、人はもっとも無理なく生きられる。
ここで言う「ワンチーム」とは、どれか一つが主導権を握る状態ではない。身体の感覚と潜在意識の反応が土台として安定し、その上で顕在意識が全体を見渡し、必要なときだけ判断や調整を行う。互いの声を尊重し合いながら役割分担がなされた状態である。
人生の終盤に入ってから必要なのは、必ずしも新しい目標や挑戦ではない。特に他人軸で生きる時間が長かった元サラリーマンにとって、まず必要なのは、整った「ワンチーム自己」で世界と向き合う姿勢を取り戻すことだ。
生活が整い、身体と潜在意識が落ち着き、顕在意識がそれらを統率する立ち位置に戻ったとき、世界の見え方は自然と変わる。社会や他者は、もはや戦う相手でも、逃げる対象でもない。誰とでもフラットに話せる感覚が生まれ、距離と姿勢を調整しながら、関係を持続していく対象として立ち現れてくる。また、振り返ってみると、役に立とうとしなくなったあとに、他者との関係はかえって自然なものになっていた。
この状態に入ると、不思議なことが起きる。肩の力が抜け、視線が、自然と上向くのだ。目先の損得や評価から離れ、時間軸が長くなる。老後、終末、次世代といったテーマが、恐怖や不安ではなく、引き受け直すべき現実として、静かに目の前に現れてくる。
言葉にすると、このようにやや輪郭の曖昧な表現になるが、少なくとも私は、卒サラ後三年を経て、その感覚を実感として得た。初めてその感覚に気づいたとき、何とも言えない心地よさと、静けさがあった。
老いとは、失うことではない。少なくとも一方では、余分なものが削ぎ落とされていくプロセスでもある。若い頃には必要だった過剰な緊張、無理な背伸び、他人軸での比較。それらを手放していくことで、人生はむしろ軽くなっていく。
人生の終盤とは、加速の時期ではない。
減速し、整え、静かに回し続けるフェーズである。
何かを「足す」のではなく、すでに持っているものを、どう配置し直すかが問われる時間なのだ。
私は今、何かのゴールを意識して人生を「完走」しようとは思っていない。ただ、地に足を付け直し、ここまで生きてきた人生を、最後まで雑に扱わず、崩さず、静かに回し続けたいと思っている。
それができれば、十分なのではないだろうか。
人生は、成功か失敗かで評価されるものではない。後半になって、何かを証明する必要もない。人生とは、整った状態で、無理なく、力感なく、最後まで運営しきれるかどうかなのだと思う。
人生の終盤で、自意識が主役を降りたとき、人はようやく世界と直接、呼吸を合わせて生き始める。
自意識とは、分室化した社会で生きるために生まれた、言語駆動の自己アバターであり代理運転席である。本来は補助的な役割だが、主役になると人生は重くなる。人生後半では配置の見直しが求められる。
人生後半において、自意識は主役である必要はない。
むしろ主役を降り、参謀として配置され直されたとき、人生は無理なく、静かに回り始める。
前がきで、私はこう問いかけた。
「人生は、いつから重くなったのだろうか」と。
そして今なら、もう一つの問いに、同じ静けさで答えられる。
人生は、整ったとき、そして引き受け直されたとき、再び、軽くなる。
本書が、そのための一つの視点として、また、人生を静かに回し続けるための「構造の地図」として、読者の手元に残ることを願っている。
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