人は、危険を避けて生き延び、(危機と好奇の)境界で遊びながら学び、好奇心によって世界を広げていく。どれか一つではなく、三つが行き来できるとき、人生はようやく軽く回り始める。
現代文明では、遊び=余暇、娯楽、現実逃避というラベルに押し込められるが、実は。。。
「遊び」は軽く聞ここえるが、狩猟採集脳的には最も高度な生存技術。狩猟採集脳にとって「遊び」は、余暇でも娯楽でもなく、生き延びるための最上位トレーニング。①なぜ「遊び」が生存技術なのか。。。狩猟採集環境では、マニュアルはない、正解は毎回変わる、危険は突然来る、失敗=死の可能性にもかかわらず、本番で失敗しない能力が必要だった。そこで進化したのが「遊び」。遊びとは、失敗しても死なない、でも本番と構造が似ている、自発的に何度も繰り返すという、奇跡的に都合のいい学習環境。② 遊びが鍛えるのは「能力」ではなく「感覚」。。。ここ、現代人が一番誤解しているところ。文明的な学習は、知識、手順、正解、を教える。一方、遊びが鍛えるのは、タイミング、距離感、相手の出方、場の空気、身体の限界、つまり 言語化できない生存感覚。③ 動物も「遊び」で生き方を覚える。。。これは人間だけではない。ライオンの子のじゃれ合い → 狩りと距離感。オオカミの遊び噛み → 群れのルール。霊長類の追いかけっこ → 社会的順位の微調整。遊ばない個体は、危険察知が遅い、加減が分からない、群れで浮く、結果として 生存率が下がる。つまり、遊びは「生きる準備」そのもの。④ なぜ文明では「遊び=軽い」になったのか。。。文明社会では、成果が数値化され、効率が重視され、意味・目的が先に来る。その結果、役に立たない、生産しない、目的がないものは 「無駄」「遊び」と呼ばれる。でもこれは、文明OSの価値観で見たラベルであって、進化OSの評価では真逆。⑤ 遊びモード=探索モードの完成形。。。生存寄りモード:危険を避ける。探索寄りモード:世界を広げる。遊びモード:危険と安全の境界で、学習する。遊びは、緊張ゼロではない、でも恐怖支配でもない、この絶妙な中間帯でしか成立しない。だから遊びは、探索寄りモードの中でも最も洗練された形。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。法務局-スタバ-買物。料理(シンガポールチキンライス・キノコスープ)。昼食。Line。ChatGPT。料理(スペアリブ)。夕食。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
