重大発見

初孫の目を見ていると、世界との関わり方がまったく違うことに気づかされた。そこには、評価も比較も説明もない。ただ、光や動き、音や温度に対して、身体全体で反応している姿があった。世界は、言葉で理解される前に、すでに「感じられて」いた。このとき私は、環境とのインターフェイスは本来、言語ではなく感覚だったのだと腑に落ちた。言語は後から付け足された翻訳装置であり、世界と直接つながっているのは、身体と感覚のほうである。その原点を、私は初孫のまなざしを通して思い出した。

もう一つ、決定的な気づきがある。言語は、世界そのものではない。言語は地図であって、実態ではないということだ。地図は便利だ。全体を把握でき、効率よく目的地に向かえる。だが、地図をどれほど眺めても、土地のにおいや空気の重さ、足裏に伝わる感触は分からない。実態は、現地に立ち、身体で感じることでしか得られない。現代人は、この地図をあまりに精緻にしすぎた。その結果、地図の世界に住み、実態の世界から離れてしまったのではないか。評価、比較、意味づけ、説明――それらはすべて地図の上の出来事だ。一方、身体が感じる安心や違和感、心地よさは、実態の側にある。私自身、長いあいだ、実態ではなく地図を生きていた。土地のにおいを確かめる前に、地図上で判断し、納得し、結論を出していた。だが生活OSを整え、感覚が前に戻るにつれて、地図と実態を取り違えていたことに気づいた。言語や思考は不要なのではない。地図として、参謀として、極めて重要だ。ただし、主役ではない。実態に立ち、感覚で確かめ、そのうえで地図を使う。この順序が戻ったとき、世界は再び具体性を取り戻した。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。料理(海老出汁みそ汁)。朝食。料理(ハンバーグ・里芋フライ)。昼食。ChatGPT。確定申告準備。夕食。執筆。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)心配事の9割は起こらない 枡野俊明

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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