隣の芝は青い

なぜ、隣の芝は青く見えるのか。それは、人間の脳の構造そのものに由来!? 

① 脳は「差」を見る装置だから。。。人間の脳は、「あるもの」よりも「足りないもの」を強く検出。これは進化的に合理的。足りない → 危険。他者が持っている → 自分は不利かも。生存装置としては正しい反応。しかし、文明社会ではこの機能が慢性的な比較装置として暴走しやすい。進化OSは「不足」を探し、文明OSは「比較」を加速させる。

② 距離があると解像度が下がる。。。隣の芝は「遠い」。遠いものは、良い部分だけが見え、苦労や裏側は見えない。心理学でいう「理想化バイアス」。自分の芝生は近すぎる。だから、雑草も見え、手入れの苦労も知っているし、枯れた部分も知っている。遠くは「面」で見え、自分は「点」で見える。当然、遠くの方が美しく見える。

③ 「可能性」が青く見える。。。実は多くの場合、青く見えているのは芝生ではなく「まだ選んでいない可能性」。人は選んだ瞬間に、選ばなかった未来を失う。その失われた未来が、想像の中で理想化される。循環か直線かで言えば、隣の芝は、「直線的な拡張の幻想」!? 

④ 青く見えるのは、心が動き始めた証拠。。。ただし、これは悪いことでない。隣の芝が青く見えるとき、停滞していた流れが動いている。外に意識が向いている。新しい回路が開き始めている。

⑤ 本当は芝は同じ色。。。成熟してくると、見え方が変わる。どこもそれぞれ手入れが必要。どこも光と影がある。どこも青さと枯れが混ざっている。この視点になると隣は青いのではなく、それぞれが、それぞれの青さを持っていると見えるようになる。若い頃:隣の芝は「欲望」の対象。中年期:隣の芝は「競争」の対象。卒サラ後:隣の芝は「構造理解」の対象そして今は、隣の芝も、自分の芝も、同じ大地の上にあるという感覚!?

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。ゴミ捨て-知人宅。昼食。情報整理。夕食。思索。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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