ヨガは、身体主義を考えずに実装するための実践体系である。思想ではなく、「身体操作の体系」と言ったほうが正確だ。一般にヨガは「思想」や「スピリチュアル」と誤解されがちだが、本質はまったく違う。ヨガが扱っているのは、姿勢(アーサナ)、呼吸(プラーナーヤーマ)、緩める・止まる・委ねるという反復であり、つまりは身体条件を変えるための技術である。そこでは「どう考えるか」ではなく、「どのような身体状態に置くか」が問われている。これは、いわゆる身体主義の中核と完全に一致する。身体主義の要点をヨガの言葉に翻訳すれば、思考を鎮めること、観察者として意識を置くこと、呼吸や緊張や感覚に注意を向けること、そして目的を立てずに日々実践することになる。ヨガは、身体に主導権を戻すための装置である。実践の中で実際に起きているのは、姿勢と呼吸によって身体の緊張が下がり、警戒モードが解除され、潜在意識が前に出てくるという変化だ。顕在意識は前面から退き、「観察」だけを担当する。このプロセスは、顕在意識の役割転換――司令官から参謀への移行――そのものだと言ってよい。
仏教が、修行を通じて解脱へ向かい、日常から距離を取る方向に展開したのに対し、ヨガは、身体調整を経て日常へ戻り、生活の中で効くように設計されている。ヨガは、生活に戻ることを前提として生まれた身体技法なのだ。
ただし、ここには一つの注意点がある。ヨガも身体主義も、「うまくやろう」「正しく理解しよう」「成長や覚醒といった成果を得よう」とした瞬間に壊れ始める。そのとき顕在意識が再び主語となり、身体は黙ってしまう。思想化した瞬間、ヨガは身体主義から思考主義へと反転する。ヨガは、身体主義を理解させるための思想ではない。身体に主導権を返すための、きわめて実用的な技法なのである。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。移動準備。マシンピラティス。昼食。新中野-箱根峠。夕食。就寝。(一言)寒い。
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
