思考の本質

思考は防衛反応。だから思考を止める必要はなく、思考が出なくて済むだけの「安心」を、身体に先に届ければいい。多くの人がやってしまうのは、考えすぎないようにする、 ガティブ思考を止める、思考を手放す努力をする。でもこれは構造的に、防衛装置に「出るな」と命令する行為です。火災報知器が鳴っているのに、「静かにしろ」と言うようなもの。身体は納得しない。思考が出る本当の理由は、身体が「ここは安全ではないかもしれない」と判断したこと。安全でないとは、危険があるだけでなく、先が読めない、評価される、失敗できない、回復の余地がないなど。文明的ストレス。だから思考は、先読み、最適化、説明準備、自己管理を始める。すべては「守る」ため。だからやるべき方向は逆。思考を減らすためにやることは、 思考を監視すること、思考を止めること、 思考を変えることではない。言語を直接理解しない身体に「もう守らなくていい」と伝える条件を整えること。「身体に安心を届ける」とは何か。安心とは、気分の問題ではない。身体が納得するのは、こういう条件。
睡眠が足りている、起床と就寝が予測可能、食事が乱れていない、 呼吸が浅くならない、緊張が常態化していない、回復できた経験がある。これはすべて、身体が繰り返しによって学習する情報。言葉ではなく条件。

卒サラで評価圧から降りた、睡眠と朝のリズムを整えた、朝ヨガで緊張を下げた、情報入力を減らした、一日が軽く回る経験を積んだ。結果として、身体が「ここは大丈夫」と学習した。だから思考は、出なくなったではなく、出番が減った。思考が出てきたときの正しい扱い方は、「何かを守ろうとしてくれているんだな」と思い、睡眠・食事・呼吸・予定の詰め込みすぎ。どこで安心が削れているかを静かに見る。

思考は防衛反応だから、止める対象ではない。防衛が必要なくなるだけの安心を、身体に先に届ける必要がある。つまり、思考を静かにしたいなら、説得ではなく、安心を増やせばいい。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。料理(ハンバーグ)。昼食with隣家夫妻。ゴミ捨て-知人宅。情報整理。夕食。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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