宗教は、抜けられなくなる構造を持っている。① 宗教は、文明と遺伝子の板挟みによる「ズレの緩衝材」として始まる。苦しみの理由がわからない、生きる意味が揺らぐ、文明と遺伝子の板挟みで不安が高まる、このとき宗教は、意味、物語、所属、救済の言葉を与え、確かに人を支える。ここまでは健全。② 組織性を帯びた瞬間、性質が変わる。人が集まり、教えが共有され、存続が目的に入り込むと、正統/異端、信/不信、内/外という境界が生まれる。ここで宗教は、緩衝材 → 帰属装置、支え → 拘束へと相転移する。③ 「抜ける=世界が崩れる」設計。多くの宗教では、意味、人間関係、善悪、安心が一体化している。だから抜けることは、信仰を失うだけでなく、世界の座標そのものを失う感覚になる。人は「考え直せない」のではなく、 怖くて考えられない。④ 抜けられないのではなく、「抜ける必要がなくなる」。宗教の内部にいると、苦しみには意味がある、不安は試練だ、疑問は信仰の弱さだと再解釈される。つまり、抜けたいという違和感そのものが、内部論理で回収されてしまう。これは非常に洗練された自己保存構造。プール構造。⑤ では、誰が抜けられるのか。意味・物語がなくても、身体と生活が成立している人。眠れる、呼吸が深い、日常が軽く回っている、この状態に入ると、宗教が提供していた「支え」が不要になる。すると、信じる/信じない、入る/抜ける、という二項対立自体が、そっと力を失う。⑥ 一行でまとめるなら。人は宗教に入ると抜けられなくなるのではない。抜ける必要がなくなるよう、世界の意味づけが組み替えられるからだ。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。庭整備。昼食。料理(鴨レバーパテ・鴨レバーコンフィ)。会社事務。確定申告準備。大相撲観戦。夕食。大河ドラマ鑑賞。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
