現役時代、調子の体感は「身体の調子」に「気合」を上乗せして作られていた。少々寝不足でも、多少無理をしても、「まだいける」と自分に言い聞かせる燃料があった。身体が出す小さな警告は、気合という名の上書き処理で先送りにされる。仕事は回り、表面上は問題がない。
だが、その無理は消えてはいなかった。数日分、あるいは数週間分が溜まり、ある日突然、「ドン」とまとめてやってくる。強烈な疲労、気力の低下、理由のわからない不調。あれは衰えではなかった。後払いで生きていた結果だったのだ。
卒サラ後、気合は自然と消えた。正確には、気合を使う理由が生活から消えた。すると、調子の体感は驚くほどシンプルになった。身体の調子が、そのまま今日の自分になる。睡眠不足、生活リズムの乱れ、外部刺激の過多は、即座に体感として現れる。
ごまかしは効かない。その代わり、「ドン」は来なくなった。無理は前払いになり、小さなズレのうちに気づける。これは弱くなったのではない。身体と生活が、ようやく正直に噛み合い始めただけなのだ。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。ゴミ捨て--ガソリンスタンド-ヨガ-昼食-ジム-買物。夕食。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
