「卒サラモードに切り替えるのに、なぜ3年も必要だったのですか?」よく受ける質問だ。すべての人に当てはまる話ではないが、私の場合、人間という存在の深層構造を理解し、自分というシステムを再設計し、再起動するには、それだけの時間が必要だった。
1年目:【仮面を脱ぐ】社会に適応するために、私たちは無意識のうちに複数の「仮面」を被って生きている。例えば、常に合理的であろうとする仮面。弱音を見せない仮面。期待に応え続ける仮面。それらは同時に、「任される側」「頼られる側」「場を回す側」といった
役割として固定されていく。本当は疲れていても「大丈夫です」と言ってしまう。断りたいのに「迷惑をかけたくない」と引き受けてしまう。感情よりも、「正しさ」や「責任」を優先してしまう。そうした行動の積み重ねとしての仮面に気づき、それを外したときに現れる「素の自分」を、初めて自覚する。この1年目は、失われていた自己認識を取り戻すフェーズだった。2年目:【構造を知る】次に向き合ったのは、なぜこれほどまでに「底だまりのような疲れ」が抜けないのか、という問いだった。答えは、人類史の時間軸にあった。生物としての人間の脳は、指数関数的に進化する文明に追いついていない。ネット社会と常時接続は、単なる情報過多の問題ではない。文明は、人間に対して「常に把握せよ」「常に選べ」「常に応答せよ」という要求を、生活のあらゆる場面に埋め込んでいる。情報、評価、選択、スピード、責任。それらが途切れなく押し寄せる環境は、狩猟採集脳の想定をはるかに超えている。本来、人間は「生存確保モード」「遊び試行モード」「探索挑戦モード」の間を行き来しながら生きる存在だが、文明とのギャップの中で、多くの人はその可動域を失い、無自覚のまま生存確保モード寄りにロックされてしまっている。この構造を理解し、「疲れは自分の弱さではなく、環境とのギャップから生まれている」と腑に落ちたのが、この2年目だった。3年目:【OSを入れ替える】最後に取り組んだのが、人生のOSそのものを入れ替えることだった。生存確保モード寄りにロックされた状態のまま、社会への適応を無自覚に最優先し、「思考で身体をねじ伏せる」ように生きてきた――思考ファースト・身体軽視のOSを手放す。そして180度方向転換し、「身体の声を、思考がサポートする」身体ファースト・思考補助の生き方へ移行していく。睡眠を何よりも優先する。眠いときは作業をやめて休む。朝の体調で、その日の予定を微調整する。そんな小さな選択を、淡々と積み重ねていく。すると、人生は何かを作り替えるものでも、立て直すものでもなく、もっと深いところにある根に触れ、そこから自然に枝が伸びていくものなのだと、身体が先に理解し始めた。この3つのステップを経て、ようやく人生は、無理なく、軽やかに回り始めた。そして今、毎朝、目覚めるのが楽しみになっている。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+(朝ヨガ)。朝食。マシンピラティス-買物。昼食。デジタルセッティング。ブログ。4人宴席@新橋。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
