安心を得る

人間の安心は主に 4つの層から生まれる。① 生物的安心(進化OS)。。。「身体が安全である」という感覚。空腹ではない、寒くない・暑すぎない、捕食者がいない、病気や怪我がない。これは最も原始的な安心。動物の安心は基本ここで完結。人間でも、快食、快眠、快便などはこの層。② 関係的安心(関係OS)。。。「仲間に受け入れられている」という感覚。家族、夫婦、友人、仲間。人間は狩猟採集時代から、孤立=死だったため、安心の大きな源泉は信頼関係。つまり、安心 =信頼ネットワークの中にいる感覚。仮面が取れる関係。③ 文明的安心(文明OS)。。。制度・資産による安全。お金、仕事、社会保障、法律、国家。ここを安心だと勘違いしやすいが、これは本当は安全(security)。安全を積み重ねても安心は得られない。文明OSは安全を作る装置であって安心を作る装置ではない。④ 存在的安心(観察OS)。。。「世界はそのままで良い」という感覚。自己受容、世界受容、死の受容。宗教、瞑想、哲学が扱ってきた領域。安心の源泉は、外部ではなく、意識のあり方。

安心の源泉はこの順番。①身体②関係③文明④意識。しかし現代社会では、多くの人が③文明だけで安心を作ろうとする。だから、不安が消えない、もっと稼ごうとする、比較競争に巻き込まれるという構造になる。人類史で見る「安心の源泉」人類の飛躍は火 → 安心 → 信頼 → 協力という流れ。火によって、捕食者が減る、夜が安全になる、食料が安定する。すると、安心が生まれる。安心が生むのが信頼。信頼が生むのが協力。そして、社会脳。すると、人間は自然と観察OSが動き始める。つまり、安心 → 余白 → 観察。

安心とは「世界が敵ではない」という感覚。人間の脳が進化した環境と、今生きている環境がズレている(=進化OSと文明OSのミスマッチ)。人間が安心を失った最大の原因。。。① 「共同体サイズ」の崩壊。人間の脳は約150人程度の共同体で生きるように設計(いわゆるダンバー数)。狩猟採集社会では、全員が顔見知り、全員が役割を持つ、全員が助け合う。つまり、安心は関係の中にあった。しかし文明は、都市、国家、市場、組織を作った。すると人間は、巨大な匿名社会に入る。これは脳にとって、常に見知らぬ群れの中にいる状態。潜在的警戒状態。② 比較社会の誕生。狩猟採集社会では、ほぼ同じ生活、大きな格差がない。しかし文明は、貨幣、財産、地位を作った。すると、比較が始まる。比較が始まると安心は消えまる。なぜなら、安心の感覚は、絶対値で生まれるのに、文明は相対評価で動くから。③ 終わらないゲーム。狩猟採集社会では、生活は基本日単位。今日食べる、今日眠る。しかし文明は、キャリア、出世、資産形成など終わらない未来ゲームを作った。すると脳は、常に。未来の不安を処理し続けます。これも安心を壊す。安心は関係の中で生まれる。しかし文明は、競争の中で生きる仕組み。文明は安全は作れるが安心は作れない。④時間意識。人類は言語と記憶によって、過去を悔やみ、未来を不安に思う能力を持ってしまった。動物は、今しか生きていない。人間は未来を生きている。この能力が、文明を作ったが、同時に、慢性的な不安も生んだ。

文明人の精神は次の矛盾を抱えてる。進化OS-安心を求める。関係OS-信頼を求める。文明OS-競争を求める。つまり、脳の奥と社会のルールが矛盾している。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。料理。朝食。思索、料理。昼食。重要書類・物の断捨離。大相撲観戦。料理。夕食。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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