寒中見舞い

数年前から前年に年賀状を出状せず、来た年賀状に内容の濃い文面を書いて寒中見舞いとして喪中先を含めて出状している。今年の文面は以下の通り。今の私をストレートに表現。

寒中お見舞い申し上げます。以下、近況報告。

仕事は、長男の会社の代表取締役「事務員」と大学時代の友人が立ち上げたスタートアップ企業の監査役で合わせて年間実働10日程度。不動産バランスシート運営は、金利上昇で支払利息額が増加中ながら賃料上げで対抗し、金利上昇リスクに対しては銀行株保有でざっくりとヘッジ。妻は、月1回の出社以外は在宅フルタイム勤務。家事分担は半分半分イメージ。

先代から引き継いだ京都・京田辺の墓は墓じまいして、東京・赤坂見附のデジタルコンテンツが格納可能な自動搬送式納骨堂に一本化。次代の初孫が生まれて「おじいちゃん」に。人生の2/3は住居の中、また、その半分はベッドの上という事で、余生20-30年間を見据えて、住居と寝具に対する投資は惜しまず。視野拡大に貢献した貸農園40㎡契約5年間は無事満了。

文化人類学によると「人間が農耕開始で文明を作ったのはここ1.2万年間の話。ただ、進化による脳を含む身体の変化は万年単位で起こるので1.2万年間程度ではほとんど何も変わらず。つまり、脳は最大150人程度で定住せず(600万年間続いた)狩猟採集生活している状況を想定している/に最適化されている」とのこと。確かに、これを仮説として自らや人間社会を観察すると、思い当たる節を多数発見。この辺りをまとめれば(どの宗教よりも)説得力があり裏づけのある物語になると着想し今後の展開を構想中。早朝に筆が進むこともあり、早寝早起きがどんどん進行中。

その延長で考えれば、サラリーマン生活って(どちらかと言うと農耕生活的で、)分業の中、与えられた狭い視野の中で長時間集中を強いられて「生きるための糧」を得ていたと回想。脳の使用で言うと、限られた機能を酷使していたのではという思いが浮上。一方で、卒サラ時代では「心の満足」が至上命題で、(リスク判断を徹底しながら、360度の視野を持ち植物・動物・仲間に対して適時・適切に働きかけ、かつ、必要な各種道具を手造りする。また、意外と狩猟採集する時間が短い)狩猟採集生活的に脳の色々な部分を使って多彩な活動が求められるような気がして、そのイメージをもって日常生活を遂行。(卒サラ@還暦後ここまで来るのに、試行錯誤をしながら2年間を要したが)卒サラ時代の方が、脳を含む身体を幅広く多彩に使う印象。(新たなことに対応が続くと)疲れやすい脳が発する休息願望には日帰り温泉で対応。

健康寿命極大化を目指して行きましょう! ご自愛下さい。

【今日の1日】晴。6時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。朝食。ゴミ捨て-ガソリンスタンド-ヨガ-昼食-ジム-買物。夕食。執筆。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)殺人ザルはいかにして経済に目覚めたか? ヒトの進化からみた経済学 P・シーブライト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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