卒サラ判断

私は還暦でサラリーマン生活を終えた。周囲には65歳、あるいは70歳まで働き続けようとする人も多く、「なぜ自分は卒サラできたのか」とふと思う時がある。この問いに対する答えは、能力や勇気といった個人の資質ではなく、「関係の持ち方」の違いにあると感じている。

31年間、日本型のコミュニティ型組織に身を置いていた頃、仕事は単なる業務ではなく、人とのつながりそのものだった。会社に行けば誰かがいて、会話があり、役割があり、その中で自分の存在が自然に位置づけられる。関係は意識せずとも与えられるものであり、仕事と関係は一体化していた。

しかし、その後に6.5年間経験したジョブ型組織の環境では状況が大きく異なった。そこでは仕事はあくまで役割であり、関係は自動的には生まれない。成果を出せば評価されるが、人とのつながりは別の回路で築く必要がある。この経験を通じて、「仕事は関係の唯一のルートではない」という事実が、頭ではなく身体で理解された。

卒サラ後に周囲の人達と接して感じた違和感は、ここに起因している。多くの人にとって、会社は単なる働く場ではなく、関係そのものを供給するインフラである。だからこそ、そのインフラを失うことは、社会とのつながりを失うことと同義になり、結果として働き続ける選択につながる。

一方で私は、会社の外にも関係の回路を整備した。例えば、夫婦で人を招き、食事を囲み、対話を楽しむ。日常の中でも自然に関係が循環する仕組みを少しずつ作っていった。また、軽やかなつながりとしてのやり取りも大切にして、孤立する感覚はほとんどなかった。関係は仕事の副産物ではなく、生活の中に直接組み込んでいった。

さらに重要だったのは、身体の安定である。睡眠や生活リズムを整え、自分の内側に安心の基盤を持てるようになったことで、外部に過度に依存しなくなった。関係があってもなくても大きく揺れない状態があるからこそ、関係を「必要に応じて持つ」ことができるようになった。

こうして振り返ると、卒サラとは単に仕事を辞めることではない。それは、仕事に依存しなくても関係と安心が回る状態をつくることである。会社という装置に委ねていた関係を、自分の生活の中に取り戻す。その構造転換が起きたとき、人は自然に会社の外に無理なく出ることができる。

私が卒サラできた理由は、特別な決断をしたからではない。潜在識が、関係の置き場所を、会社の中から生活の中へと移行できると思い、単にそれを実行しただけだ。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。思索。知人とランチ@巣鴨。新スピーカーセットアップ。ジム-10人宴席@千駄ヶ谷。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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