「顕在意識 → 意志 → 行動 → 成果」がその先に目指しているのは、安心・安全。進化OS→生き残りたい・ 安心したい。顕在意識の解釈は、「安心するには成果が必要だ」(文明OS)。収入・地位・評価・安全という生存確率を上げるために成果。実際、人類史を考えて、食料確保、仲間からの承認、集団内の地位、住居、資源はすべて生存確率に関係していた。なので、顕在意識がそう考えるのも無理はない。
問題は、現代社会では成果と安心が分離してしまったこと。例えば、十分な資産がある、住居もある、健康も悪くないのに、それでも不安は消えない。すると顕在意識は、「まだ成果が足りない」と誤診し、さらに成果を求める。しかし本当は、成果不足ではなく、身体が安心していない。文明OSのロジックは、「安心 ← 成果 ← 行動 ← 意志」。一方で、生命体モデルは「安心 → 状態 → 意欲 → 行動 → 成果」と安心が起点。つまり、顕在意識「成果を通じて安心を得よう」vs身体(生命体)は「安心から自然に動き出す」「成果の前に安心がある」「まず安心を作れ。その結果として意欲も成果も立ち上がる」。「生活OSを整えて安心できる 状態を作る → 意欲 → 行動 。フルストップ」。
「人間は何を目指しているのか?」という問いそのものが、実は顕在意識の問い。「目指す」「到達する」「達成する」という発想は、時間軸上の未来を前提としている。頭は未来へ、身体は今のの「頭」の側の発想。生命体としての身体を観察すると、身体は何か最終目標を目指しているようには見えない。「将来のゴール達成のため」というより、その瞬間瞬間に状態を調整しているように見える。進化OSは、生き続けることを繰り返しているだけ。「生き残りを目指す」は顕在意識の発想。生命体的には、結果として生き残っている。
顕在意識はどこへ行くのか?を問う。生命体は今どんな状態か?を問う。つまり、人生を運転する主体が、未来の目標から現在の状態へ移った。人間という生命体は、何かを目指しているというより、「良い状態を保ちながら今を生きる」ように設計されている。その結果として、意欲も行動も成果も自然に立ち上がる。結局残るのは、「どんな状態で存在するか」。結局残るのは、「どんな状態で存在するか」である。
そして、その状態を無理に作ろうとする必要さえないのかもしれない。人間という生命体は、本来、良い状態へ戻ろうとする力を持っている。生活OSを整えるとは、その力が働ける環境を用意することなのである。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。新中野-新宿―羽田空港―チャンギ空港―車―ホテル。夕食@室内。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
