朝、目が覚めたとき、心はどう動いているのだろう。
毎朝、私たちは当たり前のように目を覚ます。しかし、朝の心の動きを丁寧に観察したことがある人は意外と少ないのではないだろうか。
卒サラ後、私は朝の時間を大切にするようになった。観察を続けるうちに、ひとつのことに気づいた。
目が覚めた瞬間から、思考が全力で動いているわけではないのである。
まず目覚めるのは身体だ。
窓から差し込む光を感じる。
部屋の空気を感じる。
鳥の声や静けさを感じる。
そこにはまだ言葉は少ない。ただ世界を感じている。
その静かな時間がしばらく続く。
そして少しずつ、思考が目を覚ます。
「今日は何をするんだっけ。」
「メールを確認しよう。」
「打ち合わせは何時だったかな。」
「締切は大丈夫だろうか。」
頭は未来へ向かい始める。私は、この順番がとても大切なのではないかと思っている。人間は、まず考えるのではない。まず感じる。そのあとで思考が動き出し、一日の予定を整理し、未来を編集していく。
もしこれが人間という生命体の自然な設計なのだとすれば、朝起きてすぐにスマートフォンを開き、ニュースやSNSやメールに触れることは、まだ静かに目覚めようとしている身体よりも先に、思考だけを一気に未来へ走らせてしまうことになる。
身体はまだ「今ここ」にいる。
しかし頭だけは、数分後には仕事、予定、人間関係、世界のニュースへと飛び回っている。
だからこそ私は、朝の最初の時間を大切にしている。起きてすぐに何かを考えようとはしない。ただ静かにコーヒーを飲み、窓の外を眺める。そのあとで文章を書く。不思議なことに、その時間の文章は、昼間とは違う自然さを持っている。
思考が頑張って書いているというより、言葉が静かに湧いてくる感覚がある。
振り返れば、朝は毎日訪れる小さな境界線なのだろう。生命体としての自分から、文明社会の自分へ。感じる世界から、考える世界へ。その移行を慌ただしく済ませるのではなく、少しだけ味わってみる。
それだけで、一日の始まりは驚くほど穏やかなものになる。
私たちは、思考から一日を始めるのではない。
身体が世界とつながり、そのあとで思考が、その一日を編集し始めるのである。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。ゴミ捨て-ガソリンスタンド-買物-昼食-喫茶―ジム。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
