仏教の空

二層構造。顕在意識 → 仮想時空。言語・思考・記憶・未来予測。「まだ起きていないこと」「意味づけされた世界」。身体 → 実態時空。感覚・リズム・接触・今ここ。「現に起きていること」。仏教でいう「空」は、「すべてのものは、固定した実体を持たず、関係の中で成り立っている」。つまり、「これはこういうものだ」と固定できるものはない。すべては条件によって一時的に現れているだけ。

① 顕在意識(仮想時空)。名前をつける、意味を与える、ストーリーを作る。仏教的には「実体があるように見てしまう働き」。② 身体(実態時空)。ただ起きている現象、感覚の流れ、言語化される前の世界。仏教的には「縁起としての現象(ただ起きている)」。③ 「空」が指している場所。「空」はどちらかではなく、顕在意識が作る実体視を剥がしたときに見える構造そのもの。つまり、仮想時空=嘘 、実態時空=真、という事ではない。仏教の立場はむしろ「どちらも固定するとズレる」。

顕在意識=「仮想時空を生成する装置」(便利だが、実体化しやすい)。身体=「実態時空と接続しているセンサー」(こちらが基盤)。空=「仮想も実態も、固定的なものではないと見抜く観察OSの視点」。「身体=真」「頭=偽」とするとそれは単なる身体主義の単純化。仏教はもっと厳しくて、身体もまた変化し続ける、感覚もまた錯覚を含む。つまり、「どこにも絶対の拠り所はない」。

顕在意識は仮想時空を作り、身体は実態時空を生きる。しかし仏教の「空」は、そのどちらにも実体がないと見抜く視点。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。ゴミ捨て-ヨガ-昼食-ジム-買物。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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