結婚39年間

結婚してから丸39年。ふと振り返ると、自分がどこに住んできたのか、正確に言い切れる人は意外と少ないのではないかと思う。

私の場合、それは少し変わっている。大阪に0.5年、山口に1年、千葉に1年、そこから英国に渡り2年。その後は、東京3年-英国5.5年(うち0.5年は単身赴任)-米国3.5年-東京3年-中国1.5年(単身赴任)と渡り歩き、直近18年は東京ベースだ。前半の動、後半の静。

数字だけ並べると、単なる転勤歴のように見えるかもしれない。だが、実感としてはまったく違う。それぞれの土地で、私は毎回「別の人生」を生きていた。

最初の数年間は、とにかく目の前の環境に適応することで精一杯だった。言葉、文化、人間関係、仕事の進め方——すべてが異なる中で、自分のやり方を押し通す余裕などない。ただ、その場所の「正解」に合わせて、自分を調整していく。いわば、外部のルールに自分を合わせる人生だった。

だが、英国での長い滞在を境に、少しずつ違和感が芽生え始める。
同じ人間であるはずなのに、場所が変わるだけで評価も振る舞いも変わる。ある場所では合理的とされる行動が、別の場所では冷たいと見なされる。正しさは一つではなく、環境ごとに異なるのだと、身体で理解し始めた。

さらに、単身赴任の経験がその感覚を決定的なものにした。英国でも中国でも、家族と離れ、一人で生活を回す日々。仕事は忙しく、文明の仕組みの中ではしっかり機能している。しかし、日常生活はすべて自分で組み立てなければならない。誰かに支えられているという前提が外れたとき、自分の内側にどんな仕組みがあるのかが、はっきりと露呈する。

そのとき気づいたのは、「どこに住むか」よりも、「どう生きるか」を決めているのは、自分の内側にある“見えないOS”だということだった。

東京に戻り、長く同じ場所に住むようになってからも、その感覚は消えなかった。むしろ逆に、外側が安定したことで、内側の違いがよりはっきりと見えるようになった。環境が変わらなくても、心の動き方、時間の使い方、身体の感じ方は変えられる。そしてそれを支えているのが、自分なりの「生活OS」なのだと理解し始めた。

そして、この6年間は、東京と箱根の2拠点生活を送っている。一見すると、再び「場所を変えている」ように見えるかもしれない。しかし実際には、その意味はこれまでとはまったく異なる。

かつては、外部環境に適応するために場所を変えていた。だが今は、自分の内側の状態を整えるために、意図的に場所を使い分けている。東京では、都市の適度な刺激と利便性の中で、社会との接点を保つ。一方で箱根では、自然の中で身体の感覚を取り戻し、静けさの中で思考を沈める。

つまり、場所に自分を合わせるのではなく、自分の状態に合わせて場所を選ぶようになったのだ。振り返れば、この39年は、場所を転々としてきた人生というよりも、「自分のOSを探し、育ててきた時間」だったのかもしれない。

どこにいても通用するやり方はあるのか。環境に振り回されずに生きるには、何を整えればよいのか。そして、人生の後半においては、外側を変えるのではなく、内側の設計を変えることが本質なのではないか。そう考えたとき、私はようやく「住む場所」から自由になり始めた。この章では、私が各地での経験、そして2拠点生活を通じて気づいた、「人はどのようにして自分のOSを形成し、更新していくのか」について整理してみたい。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。家計事務。昼食。阪神タイガース観戦。夫婦外食@代々木。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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