顕在意識はドライバーではなくナビ。思考は著者ではなく編集者。AIは思考を編集者へ戻す装置。人間の本業は観察・試す・工夫・創造。この流れで整理してきた。
本来、顕在意識が前面に出るのは必要な場面だけで十分だったのかも。例えば狩猟採集時代を想像すると、危険を察知する、仲間と相談する、明日の狩りを考える、そんな時には顕在意識が働く。しかし、歩く、食べる、火を囲む、自然を見る、子どもと遊ぶ、道具を作る、こうした時間は、ほとんど身体と潜在意識が主役だったはず。
現代人は逆。起きている16時間近く、ずっと頭の中で独り言を続けている。これは進化史から見ると、かなり特殊な状態。就寝前の数時間だけでなく、一日中そういう「顕在意識を鎮める」スタンスが必要ではないかという感覚は、「顕在意識を必要最小限だけ働かせる生活」への気づきとも言えるかも。
そうすると一日の姿も変わる。
朝は観察する。
必要な時だけ考える。
あとは創造する。
人と関わる。
身体を動かす。
自然を味わう。
顕在意識は、ときどき前に出て交通整理をするだけ。「今日は何が面白そうだろう」だ。「今日は何を頑張ろう」ではない。面白そうなものを生命体が見つけ、身体が自然に動き始める。顕在意識は、その邪魔をせず、必要な時だけ地図を広げる。
文明は、顕在意識を常時起動させる社会をつくった。AI時代は、その常時起動を終わらせる最初の文明になるのかもしれない。AIが思考を肩代わりするほど、人間は一日中考え続ける必要がなくなる。すると人間は再び、「観察し、試し、工夫し、創造する生命体」へ戻っていく。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。ゴミ捨て-ヨガ-昼食-ジム-三島駅―夕食。大相撲観戦。執筆。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
