統合@脳

「次のテーマが立ち上がってしまう」――脳は、静かに統合を始めている。

最近、不思議な感覚がある。まだ一冊目を書き終えていない。にもかかわらず、頭のどこかで、二冊目のテーマが静かに立ち上がり始めているのだ。もちろん、まだ構想段階にもなっていない。むしろ、一冊目を完成させることが先である。しかし、文章を書いていると、不思議と「次につながる流れ」が見えてくる。以前の私なら、「集中力が散っているのではないか」と思ったかもしれない。しかし今は、少し違う感覚を持っている。

これは、「脳が勝手に統合を始めている」のかもしれない。人間の脳は、常に顕在意識だけで動いているわけではない。ぼんやりしている時。散歩している時。風呂に入っている時。起床直後。あるいは眠っている間でさえ、脳は情報整理を続けている。最近、私は深夜や早朝に、半分眠ったような状態で文章を書きたくなることがある。頭はぼんやりしている。しかし、出てくる文章はむしろ整理されている。以前なら「なぜだろう」と思っていたが、今振り返ると、潜在意識側で情報の再統合が進んでいるのだろう。

脳科学では、こうした時に「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」と呼ばれる脳の働きが活発になると言われる。これは、自己物語、意味づけ、記憶の統合、未来予測などに関わるネットワークである。つまり、人間の脳は、「何もしていない時」にも、実は静かに「人生の意味編集」を行っている。

ここ数年、私は、人類史、進化OS、関係OS、文明OS、観察OS、生活OS、身体、空間、安心、夫婦、二拠点生活などについて、考え、書き、生活の中で試行錯誤してきた。すると、最初は別々だったテーマが、少しずつ一本の流れとしてつながり始める。例えば、「生活OS」→「安心」→「空間」→「関係」→「夫婦」→「同じ時空共有」いった形である。そしてある瞬間、「これは二冊目のテーマにもなるかもしれない」と感じ始める。もちろん、無理に考えたわけではない。むしろ逆である。生活を整え、身体感覚を取り戻し、安心感が増してくる中で、脳の奥側から自然に浮かび上がってくる感覚なのだ。

思えば、現役時代の私は、常に「生存モード」に近かった。締切。役割。評価。効率。最適化。脳は常に外側対応に追われ、深い統合や意味探索に使う余白は少なかったのだと思う。しかし卒サラ後、生活を少しずつ整えながら、私は徐々に「探索モード」に戻っていった。すると脳は、単なる処理装置ではなく、「意味を編み直す装置」として動き始めた。

これは、人類史的にも自然なことなのかもしれない。人間は本来、安心できる環境の中でこそ、物語、芸術、哲学、共同体、世界観を育ててきたのだろう。だから今感じている、「次のテーマが立ち上がってしまう」という感覚は、単なる脱線ではない。むしろ、脳と身体と生活が、ようやく少しずつ統合され始めているサインなのかもしれない。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。料理。昼食。阪神タイガース観戦。大相撲観戦。夕食。大河ドラマ鑑賞。就寝。(一言)14:00阪神vs巨人→16:30相撲千秋楽→18:00大河ドラマで、なんか小旅行(甲子園→国技館→戦国時代)したぐらいのインパクト。

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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