お金の使い道を考える――生命維持・関係維持・文明利用
お金は何のために使うのだろうか。食費、住居費、医療費、交際費、旅行費、教育費、娯楽費……。家計簿では、支出をさまざまな費目に分類する。しかし、最近考えている「人間の設計思想」という視点から眺めると、もっと本質的な分類ができるように思う。①生命維持、②関係維持、③文明利用。この三つである。
1.生命維持――生きるためのお金
まず、生命維持。食事、住居、衣服、医療、運動、休養など、身体を維持し、健康に生きるための支出である。人間も生物である以上、身体を維持しなければ何も始まらない。最近、私は身体への関心を強めている。ジム、ヨガ、マシンピラティス、水泳、散歩。64才になり、身体の柔軟性や筋力、反応速度の変化を実感するようになった。運動への支出は、単なる健康管理費ではない。これからも自分の身体を自分で運び、自由に外出し、世界との接点を持ち続けるための投資である。生命維持とは、単に生存することではない。自分の身体を使って、世界と関わり続けられる状態を維持すること。そう考えると、生命維持に使うお金の意味も変わってくる。
2.関係維持――人とつながるためのお金
次に、関係維持。家族との食事、友人との会食、贈答品の交換、旅行、冠婚葬祭、家族への支援などである。人間は単独では生きられない社会的な生物である。他者との関係は、生存のためだけでなく、安心感や幸福感の重要な源泉でもある。先日、贈答品やサービスのやり取りについて考えた。贈答は、モノの移動に見えて、実際には気持ちや信頼の交換である。金銭的な価値以上に、相手との関係を確認し、維持し、時には深める働きがある。夫婦で食事に出かけることも同様だ。食事そのものは生命維持だが、一緒に過ごす時間や会話には関係維持という意味がある。そして、関係維持には必ずしも多額のお金が必要なわけではない。散歩しながら話す。自宅に招いて料理を振る舞う。ちょっとした贈り物をする。大切なのは、金額よりも関係の循環を生み出すことだろう。
3.文明利用――人類の蓄積を享受するためのお金
三つ目が、文明利用。交通、通信、文化、教育、娯楽、旅行、各種サービス、そしてAI。現代人は、自分ひとりでは到底実現できないことを、文明の仕組みを利用することで実現している。新幹線に乗る。飛行機で海外に行く。コンサートを聴く。美術館を訪れる。専門家から学ぶ。AIと対話する。いずれも、他者が長年にわたって蓄積してきた知識、技術、仕組みを利用している。お金を支払うことで、個人の身体能力や知識の限界を超えられる。考えてみれば、これは驚くべきことである。私が東京と箱根の二拠点生活を送れるのも、道路、自動車、通信、電力、物流など、膨大な文明の蓄積があるからだ。文明利用とは、単に便利なサービスを購入することではない。人類が築いてきた能力を、自分の生活に取り込むこととも言える。
4.ひとつの支出が三つの役割を持つ
もちろん、三つの分類は互いに独立しているわけではない。例えば、夫婦で旅行に出かける。美味しい食事を楽しみ、身体を動かす。これは生命維持。夫婦で経験を共有し、会話する。これは関係維持。交通機関や宿泊施設を利用し、歴史や文化に触れる。これは文明利用。ひとつの旅行で三つの機能が同時に働く。料理教室も同様だ。健康的な食生活に役立ち、人との交流が生まれ、調理技術という文明の蓄積を学べる。ジムも、身体を鍛えるだけでなく、人との接点や運動設備の利用という意味を持つ。こう考えると、ひとつの支出で複数の機能を活性化できるお金の使い方は、価値が高いのかもしれない。ただし、必ずしも一石三鳥である必要はない。一人で静かに音楽を聴く時間にも、十分な価値がある。大切なのは、その支出が自分の状態に何をもたらすかである。
5.卒サラで変わった、お金の役割
現役時代、お金にはもうひとつ大きな意味があった。蓄積である。将来の生活費、子供の教育費、老後の備え、不測の事態への対応。稼ぎ、貯め、運用し、将来の安心を確保する。これは合理的な行動だった。しかし、還暦で卒サラし、生活の基盤がある程度整った今、お金の役割が変わってきたと感じる。もちろん、将来への備えは引き続き必要である。ただ、追加的にお金を蓄積することの価値と、新しい経験を得ることの価値を比較すると、後者の方が大きく感じられる場面が増えた。新しい場所に行く。新しい人と話す。新しいことを学ぶ。身体を整える。家族や友人との時間を楽しむ。これらは、お金を減らす行為であると同時に、自分と世界との接点を増やす行為でもある。お金を蓄積する人生から、お金を循環させる人生へ。卒サラによって、この転換が起きているのだと思う。
6.お金の使い道には時間軸もある
ここで、もうひとつの視点が必要になる。現在と未来である。食事や旅行などは、現在の生活を支える支出だ。一方、貯蓄、投資、保険などは、将来の生活を支えるための資源配分である。つまり、お金の役割は、三つの機能と二つの時間軸で整理できる。
| 現在 | 未来 | |
|---|---|---|
| 生命維持 | 食事・住居・運動 | 老後生活費・医療への備え |
| 関係維持 | 会食・贈答・家族交流 | 家族支援への備え |
| 文明利用 | 旅行・文化・学習 | 将来の活動資金 |
蓄積と消費は、必ずしも対立するものではない。蓄積は、将来の循環を可能にするための準備とも言える。ただし、将来への備えを優先するあまり、現在の循環が細くなってしまっては本末転倒である。特に、年齢を重ねるほど、身体の自由度や活動できる時間には限りが生まれる。お金は後で使えても、経験の機会は後で取り戻せないことがある。だからこそ、現在と未来のバランスが重要になる。
7.お金は「状態」を整えるための道具
私はこれまで、人間は意志だけで動くのではなく、状態によって動くと考えてきた。身体が整い、人間関係が安定し、外部世界との接点が豊かになる。すると、安心が生まれ、好奇心や意欲が湧き、自然に行動が生まれる。その行動が、新しい経験や発見につながる。この流れの中で、お金は何をしているのだろうか。生命維持、関係維持、文明利用という三つの経路を通じて、自分の状態を整え、世界との循環を支えている。つまり、お金 → 生命・関係・文明 → 状態 → 意欲 → 行動 → 世界との循環という構造である。ここで重要なのは、お金そのものが目的ではないということだ。お金は、人間がより良い状態で生き、世界と関わるための媒介物なのである。
8.良いお金の使い方とは何か
こう考えると、お金の使い方を評価する基準も変わる。安かったか、高かったか。得をしたか、損をしたか。もちろん、こうした経済的な判断も必要である。しかし、それだけでは十分ではない。その支出によって、身体は良い状態になったか。人との関係は豊かになったか。新しい経験や発見が生まれたか。自分と世界との循環は活発になったか。このような問いが、より本質的に思えてくる。そして、もうひとつ。お金を使わなくても、良い状態や豊かな循環を生み出せることは多い。散歩、会話、家庭菜園、料理、読書、思索。文明の仕組みや過去の蓄積を活用しながら、追加的な支出なしに楽しめることもたくさんある。お金を使うこと自体が目的になってはいけない。
9.蓄積から循環へ
振り返ると、現役時代の私は、お金を稼ぎ、蓄積し、将来の安心を確保することに大きな意味を見いだしていた。それは、人生のある段階では必要なことだった。しかし、64才になった今、人生の課題は少し違っている。身体を維持する。人との関係を保つ。文明の成果を楽しむ。そして、それらを通じて、世界との循環を続ける。最近、76才の知人の生活を見ながら考えることが多い。身体の活動が減り、人との接点が減り、生活のバラエティーが失われると、世界との循環そのものが細くなってしまう。逆に、身体が動き、人と交流し、新しいことに触れていれば、年齢を重ねても生活は面白くあり続けるのではないか。お金は、その循環を支えるひとつの道具である。お金の使い道は、生命維持・関係維持・文明利用。そして、その目的は、三つの機能を通じて、自分と世界との循環を維持し、豊かにすること。人生後半のお金の使い方とは、単なる消費計画ではなく、生活そのものの設計なのだと思う。
今日も生きていて面白そうだ。その状態を生み出すために、お金をどう使うか。これからは、そんな視点で家計を眺めてみたい。
【今日の1日】5時起床。朝ルーティン。朝食。ガソリンスタンド-ひとり寿司外食-喫茶-ゴルフ練習。夕食。就寝。(一言)ゴルフスイング、左足で踏ん張りながら左腰を引く、手は左手主導で振り下ろす。
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語― 人間の設計思想を再発見する物語」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
