基盤と展開

生活の基盤は深く、社会との接点は広く― 64才、生活OSの設計が見えてきた

最近、生活の設計について、ひとつの考えがまとまってきた。24時間・365日の生活の基盤をしっかり作り込み、その上で、社会との接点を多様化していく。このふたつがうまく組み合わさると、生活全体の収まりが良い。卒サラから4年間が経過。二拠点生活を始めてから7年間弱が経過。試行錯誤を重ねてきた生活の、ひとつの到達点かもしれない。

生活の基盤を作り込む

サラリーマン時代は、仕事が生活の中心にあった。平日は仕事、週末は休息。仕事の予定が先に決まり、その周囲に私生活を配置する。睡眠や食事、運動さえも、仕事との兼ね合いで調整していた。卒サラすると、この構造がなくなる。最初は自由になったと感じる。しかし、自由とは、生活の構造を自分で作らなければならないということでもある。私の場合、東京と箱根の二拠点生活を続けながら、睡眠、食事、運動、夫婦関係、住環境、時間の使い方などを少しずつ整えてきた。朝は早く起き、静かな時間を楽しむ。午前中は創造的な活動、午後は実務的な作業、夕方は人との交流、夜は頭を休める。食事を作り、身体を動かし、必要なら昼寝をする。東京では都市の刺激を楽しみ、箱根では自然と静けさを味わう。こうした日常の積み重ねが、生活の基盤になっている。特別なイベントがなくても、普通の一日が心地よい。何も予定がない日でも、生活そのものが充実している。これが、24時間・365日の生活基盤を作り込むということなのだと思う。

その上で、活動を多様化する

一方、最近は活動の幅を意識的に広げている。ジム、ヨガ、マシンピラティス、ゴルフ、料理。東京でもジムに通うようになり、身体を動かす機会が大きく増えた。料理教室にも通い、ゴルフも再開した。執筆を続け、友人や知人との交流も楽しんでいる。英会話、古文書、ジャズなど、世の中には実に多彩な活動がある。これらの活動を、単なる趣味として捉えるだけではもったいない。それぞれが、社会や外部世界との異なる接点になっているからだ。ジムでは自分の身体と向き合う。ヨガでは呼吸や身体感覚を観察する。ゴルフでは自然や仲間と接する。料理では五感を使い、新しい技術や文化に触れる。英会話なら異なる言語や文化、古文書なら過去の人々の暮らし、ジャズなら音楽や即興の世界につながる。活動の種類が異なれば、出会う世界も異なる。活動のバラエティーとは、世界との接点のバラエティーなのだ。

76才の知人から考えたこと

箱根に住む76才のフランス人の知人がいる。最近は外出する機会が減り、階段の上り下りも難しくなってきた。生活の範囲が狭まり、日常が単調になっているように見える。もちろん、本人なりの楽しみや価値観があるだろう。活動が少ないこと自体が悪いわけではない。ただ、気になるのは、身体機能の低下と社会との接点の縮小が、互いを加速させる可能性だ。外出しなくなると歩行能力が落ちる。歩行能力が落ちると、さらに外出が億劫になる。人と会わなくなると会話の機会が減る。会話の機会が減ると、新しい情報や刺激も減っていく。こうして、世界との接点が徐々に細くなっていく。一度この循環が弱まると、再び動き始めることが難しくなるのかもしれない。この知人の姿は、私にとって大きな示唆になっている。64才の今、身体を鍛え、活動を多様化しているのは、単に現在を楽しむためだけではない。76才になっても、世界との循環を止めないための先行投資でもある。

安定と変化は対立しない

以前は、安定した生活と変化に富んだ生活は、どこか対立するものだと感じていた。安定を求めれば単調になり、変化を求めれば落ち着かなくなる。しかし、最近は違うように考えている。生活の基盤が安定しているからこそ、新しい活動に安心して踏み出せる。そして、多彩な活動から得られる刺激が、生活の基盤をさらに豊かにする。例えば、ジムで身体を鍛えれば、歩くことが楽になる。歩くことが楽になれば、外出する機会が増える。外出すれば、新しい発見や出会いが生まれる。料理を覚えれば、日常の食事が楽しくなる。食事が楽しくなれば、生活の満足度が上がる。人を招く機会も増える。活動が日常を豊かにし、豊かな日常が次の活動を支える。ここにも循環がある。基盤は安定、接点は多様。この組み合わせが、生活を穏やかでありながら活発なものにしてくれる。

活動を増やせばよいわけではない

ただし、活動の多様化には注意点もある。最近、東京でもジムに通うようになり、予定が随分増えた。活動を増やしすぎれば、今度は生活の基盤を圧迫する。身体が疲れ、時間に追われ、心の余裕がなくなる。これでは本末転倒だ。そこで重要になるのが、予定の量、バラエティー、間隔、そして余白の設計である。予定を詰め込むのではなく、心身の状態を見ながら配置する。活動したら休む。人と会ったら一人の時間を持つ。新しい刺激を受けたら、それを自分の中で消化する。以前から意識している「静→動→静」というリズムだ。余白は活動の残り時間ではない。余白もまた、生活OSを機能させる重要な構成要素なのだ。

サラリーマンから生活の設計者へ

振り返ると、サラリーマン時代は、会社が生活の時間構造と社会との接点を同時に提供してくれていた。毎日出勤し、同僚と会い、仕事を通じて社会とつながる。良くも悪くも、会社が生活の大きな部分を設計していた。卒サラすると、それらを自分で設計することになる。これは意外に大きな変化だった。しかし、4年間を経て、その面白さが分かってきた。会社というひとつの大きな接点に依存するのではなく、自分の関心に応じて、複数の接点を持つ。身体、自然、文化、知性、人間関係、創造。それぞれ異なる世界と接続する。しかも、それらを支える生活の基盤は、自分自身で設計できる。最近、予定を作ることが仕事のように感じることがある。しかし、これは単なるスケジュール管理ではない。自分の心身の状態を観察し、生活のリズムを整え、世界との接点を配置していく。いわば、生活OSの設計と運用である。

生活の基盤は深く、社会との接点は広く

私が求めているのは、忙しい生活ではない。かといって、何もしない静かな生活でもない。穏やかで、活発な状態。そのためには、生活の基盤を深く整えることと、社会との接点を広く持つことの両方が必要なのだろう。そして、社会との接点が多様であるほど、新しい現実に出会う機会が増える。新しい現実に出会えば、頭の中の世界モデルや自己モデルも更新される。身体が動き、世界と出会い、思考が編集する。この循環が続く限り、人は年齢を重ねても変化し続けられるのではないか。64才の今、私が作ろうとしているのは、活動をたくさん詰め込んだ老後ではない。地に足のついた生活の上で、多彩な世界との出会いを楽しめる仕組みである。生活の基盤は深く、社会との接点は広く。そして、その間を循環が回り続ける。これが、卒サラ4年目の私が見つけつつある、これからの生活の設計思想なのだと思う。

【今日の1日】5時起床。家事一般。新聞+サイト運営。白湯+オイルうがい+ピラティス。朝食。ジム(太極拳・サウナ)。賃貸物件見学@横浜中華街-喫茶-買物。夕食。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語― 人間の設計思想を再発見する物語」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

コメントする