現役時代の私は、忘れることを怖れていた。もともと記憶力に強い自信があったわけではない。中高大一貫校だったため、高校受験も大学受験も経験していない。大量の知識を暗記して競争する訓練を十分に受けてきたわけではなかった。
だからだろうか。思いついたことはすぐメモする。会議では議事録を取る。重要なことはファイルに残す。忘れる前に整理する。そんな習慣が身についていた。銀行員としても、証券会社員としても、それは正しい行動だった。しかし卒サラ後、私は少しずつ別の経験をするようになった。
本当に重要な気づきは、必ずしもその場で捕まえなくても消えないのである。2020年、箱根でふと思った。「人間は自然の一部でありながら、偶然にも自己意識を持ってしまった存在なのではないか。」その時は言葉にならなかった。理論にもならなかった。本にもならなかった。しかし、その問いは消えなかった。
6年後、自己意識、境界、波と海という形で再び現れた。私はそれまで、記憶しているのは顕在意識だと思っていた。しかし本当にそうなのだろうか。むしろ潜在意識の方が、長い時間をかけて問いを保存し、熟成させているのではないか。そう考えるようになった。
余白とは、もしかすると潜在意識を信頼する時間なのかもしれない。顕在意識は急ぐ。忘れることを怖れる。今すぐ整理したがる。しかし潜在意識は急がない。問いを抱え続ける。時間をかけて熟成する。そして必要な時に、再び浮上させる。最近の私は、少しずつ学び始めている。本当に重要なものは、必ずしも握りしめなくてよいのかもしれない。
本当に重要なものは、潜在意識が持ち続けてくれる。だから時には、忘れる勇気も必要なのだ。顕在意識だけを信じていた人生から、潜在意識も信頼する人生への移行!
(まとめ) 現役時代の私は、忘れることを怖れていた。思いついたことはメモし、記録し、整理し、保存してきた。それは仕事をする上では正しかった。しかし卒サラ後の数年間で、私は別のことを学び始めた。本当に重要な問いは、必ずしも消えないのである。むしろ潜在意識の奥で熟成され、必要な時に再び姿を現す。最近は、そんな気がしている。だから余白とは、何もしない時間ではない。潜在意識を信頼する時間なのかもしれない。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。新中野-g疎林スタンド-昼食@小田原SA-買物-買物-箱根峠。庭整備。阪神タイガース観戦。執筆。夕食。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
