才能

才能とは何か――生命体から考えてみる

世の中には、いろいろな才能を持つ人がいる。頭のいい人がいる。文章を書くのがうまい人がいる。運動神経のいい人がいる。絵を描くのがうまい人もいれば、人と話すだけで場を明るくできる人もいる。これまで私は、才能とは「人より上手にできる能力」のようなものだと思っていた。しかし最近、人間を「生命体」として考えるようになって、才能の見え方が少し変わってきた。

才能とは、世界への反応の偏りではないか

人間は生命体である。生命体は世界と接しながら生きている。見る。聞く。触れる。感じる。動く。考える。ところが、同じ世界に生きていても、拾っているものは人によってかなり違う。ある人は、人の表情のわずかな変化に気づく。ある人は、数字の並びを見ると異常値がすぐ目に入る。ある人は、音を聞いただけで微妙な音程の違いが分かる。ある人は、身体を動かすとき、力の入れ方やタイミングを自然に調整できる。ある人は、人が何人か集まっただけで、その場の人間関係を察知する。ある人は、散らかった情報を見ると、無性に整理したくなる。そう考えると、才能とは最初から「能力」として存在しているのではないのかもしれない。そのもっと手前に、「この生命体は、世界の何に反応しやすいのか」という個体差があるのではないか。

同じ世界を見ているようで、見ていない

これは考えてみると不思議である。10人で同じ場所へ行っても、10人が同じものを見ているわけではない。料理人は食材を見る。建築家は建物を見る。投資家は商売を見る。写真家は光を見る。子どもは大人が気づかない虫を見つける。人間は客観的な世界をそのまま受け取っているのではなく、自分という生命体が反応したものを拾いながら生きている。だとすれば才能とは、世界との接続の仕方に生じた「偏り」と考えることもできる。「偏り」というと悪い意味に聞こえるが、むしろ逆である。みんなが同じものに反応する生命体だったら、人間社会はここまで豊かにならなかっただろう。

偏りが経験によって才能になる

もちろん、反応の違いだけでは才能にはならない。そこに経験が加わる。絵が好きな子どもは、人より多く形や色を見る。身体を動かすことが好きな子どもは、人より多く身体を使う。人間に興味のある人は、人の表情や言葉や関係を繰り返し観察する。数字に反応する人は、数字を扱う経験を重ねる。すると、反応する → 面白い → 繰り返す → 精度が上がる → さらに面白くなるという循環が始まる。最初は小さな個体差だったものが、何年、何十年という経験によって大きな差になっていく。それを私たちは「才能」と呼んでいるのかもしれない。

自分の才能ほど、自分には見えない

ここで面白い問題がある。才能のある本人にとって、それは自然にできてしまう。だから自分では才能だと思わない。「こんなの普通でしょう」と思っている。ところが、他人にはそれができない。むしろ、苦労せずにできること、気がつくとやっていること、なぜか目に入ってしまうことの中に、その人の才能の原型が隠れている可能性がある。才能を探すなら、「私は何が得意なのか」と考えるだけでは足りないのかもしれない。むしろ、「私は世界の何を勝手に拾ってしまうのか」と問うほうがいい。人の感情なのか。数字なのか。身体の動きなのか。美しさなのか。危険なのか。関係なのか。構造なのか。そこには、その人という生命体固有の世界との接続方法が現れている。

才能は頭の中だけにはない

こう考えると、才能もまた「思考」だけの産物ではない。身体が感じる。感覚が拾う。注意が向く。感情が反応する。思考が意味づける。経験によって精度が上がる。そして環境によって、その能力が引き出されたり眠ったりする。つまり才能とは、身体・感覚・注意・感情・思考・経験・環境がつくる循環の中から立ち上がってくるものなのだろう。これはずいぶん生命体らしい才能観である。

「才能があるか」という問いから離れる

学校や会社にいると、才能は一本の物差しで測られやすい。勉強ができる。仕事が速い。説明がうまい。売上を上げる。評価される。もちろん、それらも能力である。しかし、それは社会がその時点で価値をつけやすい能力にすぎない。生命体から眺めれば、人間の違いはもっと多様である。だから、「自分には才能があるのか」という問い自体をやめてもいいのかもしれない。代わりに、「この生命体は、世界の何を拾うのが得意なのだろう」と考えてみる。すると、自分を見る目も、人を見る目も少し変わってくる。才能とは、一部の特別な人だけが持っている宝物ではない。一人ひとりの生命体が世界と接するときに現れる、固有の反応の仕方。その小さな偏りが経験によって磨かれ、社会との接点を持ったとき、私たちはそれを「才能」と呼ぶ。そう考えると、人を見るのが少し面白くなる。

そして自分自身についても、「さて、この生命体は、世界の何に反応してしまうのだろう」と観察してみたくなる。

【今日の1日】5時起床。家事一般。新聞+サイト運営。白湯+オイルうがい+ピラティス。朝食。移動準備。箱根峠-昼食(定食)@海老名SA-新中野。昼寝。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語― 人間の設計思想を再発見する物語」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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