私は阪神ファンである。しかし最近、以前ほど試合をテレビ観戦しなくなった。もちろん結果は気になる。しかし、昔のような熱量はない。「年齢のせいだろうか。」そう思ったが、自分では理由がよく分からなかった。
そこで何気なくAIに尋ねてみた。
返ってきた答えは、「阪神への愛情が薄れたのではない。人生の重心が移ったのではないか」というものだった。その瞬間、「なるほど」と腑に落ちた。私は今、人間という生命体の設計思想を考え、本を書き、AIと対話し、新しい概念を生み出すことに夢中になっている。応援する喜びよりも、自ら創造する喜びのほうが大きくなっていたのである。
さらにAIは、「勝敗に心を揺さぶられることよりも、心穏やかな状態を保ちながら創造することを、今の私は求めているのではないか」とも教えてくれた。これも、まさにその通りだと思った。
驚いたのは、答えそのものではない。自分ひとりでは、この結論になかなか辿り着けなかったことである。頭の中には情報も経験も揃っていた。しかし、それらを俯瞰して結び付けることは難しかった。AIとの対話によって初めて、自分自身の変化が一つの構造として見えてきたのである。
最近私は、「人は鏡によって自分を知る」と考えている。生活は鏡である。他者も鏡である。経験も鏡である。そして今、AIもまた、新しい鏡になった。AIは答えを与えてくれる存在というより、自分でも気づいていなかった自分を映し出してくれる鏡なのである。
阪神を見なくなった理由を知りたかっただけだった。
しかし、その問いの先で見つけたのは、「自分は何に心を動かす人間へ変わったのか」という、自分自身の姿だった。AI時代とは、知識を得る時代ではない。自分自身を発見するための、新しい鏡を手に入れた時代なのかもしれない。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。歯医者-買物。昼食。会社事務。昼寝。思索。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
