バッターは、いつ考えているのか――思考は身体反応の「準備者」である
プロ野球のバッターを見ていると、とても考えて打っているように見える。相手投手の球種、配球、癖、カウント、走者の有無、守備位置。打席には、判断しなければならない材料が無数にある。身体能力だけで一流の成績を残すことは難しい。投手との「読み合い」が欠かせない。しかし、投手がボールを投げてから、バッターは本当に考えているのだろうか。時速150キロのボールが、投手の手を離れてホームベース付近に到達するまで、およそ0.4秒しかない。その間に球種とコースを見極め、打つかどうかを決め、身体の各部位に指示を出していたのでは間に合わない。「ストレートだ。外角だ。右足に体重を残し、左肘を畳んで、バットを少し遅らせよう」そんなことを考えているうちに、ボールはキャッチャーミットに収まっている。
実際の打撃では、投球が始まった後の主役は身体なのだろう。長年の練習によって形成された身体が、ボールの軌道に反応する。目、脳、筋肉、関節が連動し、意識が細部を操作するよりも早く動いている。では、思考は必要ないのか。もちろん、そんなことはない。重要なのは、思考が働く「場所」と「時間」である。
思考は、投球前に働いている
一流のバッターは、打席に入る前から考えている。相手投手はどのカウントで、どの球種を投げることが多いのか。前の打席では、どのように攻められたのか。走者がいるとき、投手の配球はどう変わるのか。捕手は自分の弱点をどこだと考えているのか。さらに、一球ごとに仮説を修正する。初球に外角の変化球が来た。次は内角の速球かもしれない。追い込まれるまでは低めを捨てよう。ここでは長打ではなく、右方向へ運べばよい。こうした「読み」は、投げられたボールを見てから始めるものではない。投球前に可能性を絞り込み、身体が反応する範囲をあらかじめ設定しておく作業である。読みが当たれば、身体は迷わず反応できる。読みが外れれば、優れた身体能力を持っていても、反応が一瞬遅れる。つまり、打撃における思考の役割は、身体を直接動かすことではない。
思考は、身体が適切に反応できる条件を整えている。
思考によって選択肢を減らし、狙いを定め、身体に仕事を渡す。その後は、訓練された身体の反応に委ねるのである。
身体だけでも、思考だけでも打てない
打撃は、次のような循環で成り立っている。
観察する。
予測する。
狙いを絞る。
身体が反応する。
結果を振り返る。
次の仮説をつくる。
ここには、思考と身体の明確な役割分担がある。身体だけに任せれば、相手投手の戦略に対応できない。どれほど反応速度が速くても、プロの投手が投げる多様な球種を、すべて見てから打ち返すことは難しい。一方、思考が実行場面に入り込みすぎても、身体は動かなくなる。スイング中に腕の角度や腰の回転を意識しすぎれば、本来の滑らかな動きが失われる。いわゆる「考えすぎて打てない」状態である。必要なのは、思考をなくすことではない。思考を適切な位置に置くことだ。打席に入る前には、よく考える。投球の合間にも、よく観察する。しかし、投手が動き始めたら、身体に渡す。この切り替えがうまい選手ほど、能力を安定して発揮できるのではないか。
ゴルフスイングにも共通する
これは、ゴルフにも通じる。練習場では、スイングの課題を考える。自分の動きを観察し、コーチの助言を受け、試行錯誤する。しかし、実際にボールを打つ瞬間に、身体の各部位を意識で制御しようとすると、かえってスイングが崩れる。構えた後は、身体が覚えた動きに委ねるしかない。プロ野球の打撃も、ゴルフスイングも、身体が主役である。ただし、それは「思考が不要」という意味ではない。思考は、身体が働く環境を整え、方向を設定し、結果を編集する。思考はプレーの実行者ではなく、身体反応の準備者であり編集者である。この表現が、しっくりくる。
思考の置き場
私たちは、思考が自分自身を動かしていると考えやすい。意識が判断し、身体に命令し、その命令によって行動している。日常生活についても、そのようなイメージを持っている。しかし、プロ野球の打撃を考えると、それだけでは説明できない。実際にボールへ反応しているのは、生命体としての身体全体である。思考は、その大きな自律システムに部分的に関与しているにすぎない。身体は「今ここ」にあるボールに応答する。思考は過去のデータを整理し、まだ来ていない一球を予測する。そして、身体が反応すべき範囲を絞り込む。両者は対立しているのではない。異なる時間を担当している。
思考は過去と未来を扱い、身体は現在を引き受ける。
だからこそ、思考が働くべきときには十分に働かせ、身体へ渡すべきときには手放す必要がある。
人生でも同じなのかもしれない。事前に観察し、考え、方向を定める。しかし、現実が動き始めたら、身体と状況の応答に任せる。そして結果を受け取り、再び思考が編集する。考え続けることが、思考を生かすことではない。
考える。絞る。身体に渡す。結果から学ぶ。
プロ野球のバッターは、一球ごとにこの循環を繰り返している。
そこには、生命体の中で思考をどこに置けばよいのかという問いへの、ひとつの鮮やかな答えがある。
【今日の1日】5時起床。家事一般。新聞+サイト運営。白湯+オイルうがい+ピラティス。朝食(ソーセージ卵)。散歩-昼食(室内ホーカー)-地下鉄-散歩。散歩-夕食(湖南料理)-買物-散歩。LINE会話2。Line多数。夕寝。就寝。(一言)
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