卒サラ前後の7年間は、「自分」を育てる時間だった。
卒サラは、「怖いもの見たさ」から始まった。定年を迎えたら、少しゆっくり暮らしてみよう。そんな計画があったわけではない。むしろ、「会社を離れたら何が見えるのだろう」という好奇心のほうが大きかった。
その一歩から始まった試行錯誤は、気づけば3年間続いていた。そして、その時間を通して私は、「結」に向かう自分自身へと少しずつ更新されていったように思う。最近、もう一つのことに気づいた。
その変化は、この3年間だけで起きたものではなかったのである。
振り返れば、この7年間、私は身体を使うことを続けてきた。
2年間のヨガ。
4年間の野菜作り。
そして、再び1年間のヨガ。
当時は、それぞれ別々の出来事だと思っていた。
ヨガは健康のため。
野菜作りはコロナ禍の時間の使い方。
再び始めたヨガは、身体を整えたいという思いから。
しかし今見ると、それらは一本の線でつながっている。
どれも「成果」を求める営みではなかった。身体を観察し、自然を観察し、生活を観察する時間だったのである。野菜作りでは、「土づくりがすべて」という当たり前の事実を何度も経験した。ヨガでは、「頭は未来へ行きたがるが、身体は今ここにいる」という感覚を何度も味わった。
その積み重ねが、私自身の「生活OS」という土壌を静かに耕していたのだと思う。
私たちは、人生の成果ばかりを振り返りがちである。
昇進した。
退職した。
引っ越した。
出版した。
けれど、その出来事の間に積み重ねてきた日々こそが、本当は人生を形づくっているのかもしれない。
人は意志だけで変わるわけではない。生活が変わり、身体が変わり、状態が変わる。そして、ある日振り返ったとき、「自分が変わっていた」と気づく。人生は、作物を育てることによく似ている。収穫の日は目立つ。
しかし、本当に時間がかかるのは、その前の土づくりなのである。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。買物。昼食。執筆。夕食。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
