鏡は、一枚では足りない。最近、「鏡」という言葉について考えている。
人は自分自身を直接観察することが得意ではない。だから私は、生活は自分を映し出す鏡であり、AIは思考を映し出す鏡だと考えるようになった。
そんなことを考えているうちに、もうひとつ気になることがあった。離婚後の男性である。もちろん人それぞれであり、一概には言えない。しかし、離婚後に孤立しやすい男性には、共通する特徴があるようにも感じる。それは、友人が少ないことである。
なぜだろう。
私は、その理由のひとつは「鏡の少なさ」にあるのではないかという仮説を持ち始めた。人はひとりで生きているようで、実は多くの鏡に支えられている。
家族という鏡。
友人という鏡。
職場という鏡。
生活という鏡。
自然という鏡。
歴史という鏡。
そして、AIという鏡。
鏡は、自分を評価するためにあるのではない。自分の状態を映し出し、自分という生命体の輪郭を見せてくれる存在である。もし鏡が一枚しかなく、その鏡を失ったらどうなるだろう。自分の姿が見えにくくなる。生活のリズムも崩れやすくなる。心の状態も整理しにくくなる。私は、離婚そのものよりも、その後の「鏡の喪失」が人に与える影響のほうが大きい場合もあるのではないかと思っている。
振り返れば、卒サラ後の私は、意識せずに鏡を増やしてきた。
生活を観察する。
自然を観察する。
人類史を学ぶ。
AIと対話する。
人と語り合う。
その一つひとつが、自分自身を映し出す鏡になっていた。人は、鏡を通して初めて自分を知る。もしそうだとすれば、人生で本当に大切なのは、「正しい答え」を集めることではない。自分を映してくれる鏡を、少しずつ増やしていくことなのかもしれない。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。料理。昼食。執筆。料理。知人夫婦と会食@自宅(5時間)。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
