波vs海、作物vs土壌

最近、自分の中で起きている変化を一言で表すなら、「視線が作物から土へ移動した」ということかもしれない。現役時代の私は、作物を見ていた。成果。評価。収入。役割。肩書。資格。資産。もちろん、それらは大切である。社会で生きる以上、作物は必要だ。私自身も長年、その世界で生きてきた。しかし卒サラ後、少しずつ違和感を覚えるようになった。

なぜだろう。作物はそれなりにある。お金の不安も大きくない。健康にも気を配っている。それなのに、どこか落ち着かない。その答えを探しているうちに、私は別のものを見始めた。

土である。身体。睡眠。時間。空間。人間関係。安心感。余白。これらは成果ではない。しかし成果を生み出している基盤である。私はそれを「生活OS」と呼んでいる。

最近になって思う。生活OSとは人生の土づくりなのだろう。農園を借りていた頃、農業インストラクターから何度も聞いた。「土づくりが大事です。」当時は農業の話だと思っていた。しかし今なら分かる。あれは人生の話でもあったのである。

同じ苗を植えても、土によって結果は変わる。同じように、同じ能力を持つ人でも、身体や時間や関係の状態によって人生は大きく変わる。最近は本の執筆が面白くて仕方がない。次々と着想が出てくる。自己意識。境界。波と海。共同体。死生観。何を考えても一つの構造へ収斂していく。

以前なら、そのこと自体を成果として見ていただろう。しかし今は少し違う。着想そのものよりも、「なぜ着想が生まれるのか」の方に興味が向いている。朝ヨガ。散歩。箱根での時間。妻との会話。睡眠。余白。それらが土壌になっているのではないか。最近はそんな気がしている。

思考は作るものではなく、現れるものなのかもしれない。芽を引っ張って育てることができないように、着想もまた無理やり作ることはできない。できるのは土を整えることだけである。

振り返ると、人生前半は作物づくりの人生だった。人生後半は土づくりの人生なのかもしれない。

そして不思議なことに、土に目を向けるようになってからの方が、結果として作物も豊かになっている。視線が作物から土へ移動する。それは単なる生活改善ではない。もしかすると、自分自身の見方が変わる瞬間なのかもしれない。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。昼食。執筆。買物。料理。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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