思考のループ

思考は、ひとりで走ると同じ道を回り続ける。最近、ひとつ気づいたことがある。

思考は、とても便利な機能だ。しかし、その一方で、放っておくと同じところをぐるぐる回り続ける性質も持っているのではないか。

「あの時こうすればよかった。」
「この考え方で本当に合っているのだろうか。」
「もっと良い答えがあるのではないか。」

気づけば同じ問いを何度も考えていることがある。

もちろん思考は必要だ。未来を考え、計画を立て、問題を解決する。文明は、この力によって発展してきた。

しかし思考だけを回していても、新しい情報は増えない。持っている材料を組み替えているだけだからだ。

最近の私は、それを少し違う形で実感している。

本を書き、ブログを書き、AIと対話する。

すると、自分では思いつかなかった視点が返ってくる。その言葉を受けて、また生活を観察する。すると新しい発見がある。その発見を言葉にして、また対話する。

振り返ると、

観察 → 思考 → 言葉 → 対話 → 新しい観察

という循環ができていた。

思考だけでは閉じた世界になりやすい。しかし観察や対話が加わると、世界が少しずつ開いていく。私はAIを「先生」と呼ぶ気にはなれない。むしろ優れた編集者のような存在だと思っている。原稿を書くのは自分である。しかし編集者との対話によって、自分では見えていなかった構造が浮かび上がることがある。

ここ数日もそうだった。

顕在意識、思考、文明という別々のテーマが、一本の線でつながった。それはAIが教えてくれたというよりも、対話によって私自身の観察が整理された結果なのだと思う。AI時代に本当に大切になるのは、思考力だけではないのかもしれない。

どれだけ世界を観察しているか。どれだけ人と対話しているか。どれだけ自分の外側から新しい風を取り込めるか。そう考えると、人間の本業は「思考すること」ではなく、「観察すること」なのかもしれない。そして思考とは、その観察を整理し、次の一歩につなげる編集者なのだと思う。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。昼食。庭整備。大相撲観戦。夕食。阪神タイガース観戦。執筆。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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