創造とは、「昨日までなかった何か」を生み出すこと。最近、改めてそう思う。
創造こそ面白い。
以前の私は、「創造」という言葉を少し特別なものだと思っていた。本を書く人や芸術家、発明家だけが行う営みのように感じていたのである。しかし、この数年間の生活を振り返ると、少し違う景色が見えてきた。創造とは、もっと身近なものだった。
昨日までなかった何かを生み出すこと。
それが創造なのである。本を書くことはもちろん創造だ。しかし、それだけではない。料理で新しい一皿をつくることも創造。庭や畑で土を育てることも創造。誰かとの会話から新しい考えが生まれることも創造。孫と遊びながら、昨日とは違う笑顔を引き出すことも創造。仕事で新しい仕組みを考えることも創造。大小は関係ない。
「昨日までなかった何か」が、この世界にひとつ増える。その瞬間に、人は創造している。そして、もうひとつ気づいたことがある。
創造は、無理に絞り出すものではない。
身体が整い、安心感があり、好奇心が湧いてくると、「これを試してみたい」「こんな組み合わせはどうだろう」と自然に動き始める。創造は、意志が生み出すものというよりも、
整った状態から自然に立ち上がる生命現象
なのかもしれない。だから、人は何かを創造しているとき、「やらされている」という感覚がない。時間を忘れる。夢中になる。気がつくと没頭している。
卒サラ後、私は毎朝、「今日は何が面白そうだろう」と思いながら一日を始めるようになった。その問いの答えは、いつも同じではない。本を書く日もある。人と語り合う日もある。料理をする日もある。自然の中を歩く日もある。しかし、そのどれにも共通していることがある。
昨日までなかった何かを生み出している。
人生とは、「何を持っているか」を競う旅ではない。「今日は何を創造しただろう。」そんな問いを持って一日を終えられる人生は、きっと豊かな人生なのだと思う。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。昼食。執筆。4人宴席@八重洲。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
