お金の意味②

人生を直線で見るか、循環で見るか ― お金の役割は変わる。

「お金は大切ですか?」そう聞かれたら、多くの人は「もちろん大切だ」と答えるだろう。私もそう思う。

しかし最近、その問いそのものに、もうひとつの見方があるのではないかと感じるようになった。それは、「人生をどう捉えるかによって、お金の意味は変わる」ということである。

人生を「直線」として考えると、お金はとても重要な存在になる。学校を卒業し、就職し、昇進し、収入を増やし、資産を築き、老後に備える。人生を一直線に進むレースのように捉えると、お金はゴールへ近づくための燃料であり、評価そのものにも見えてくる。

「もっと稼がなければ。」
「もっと貯めなければ。」
「将来に備えなければ。」

未来へ向かうほど、お金の重要性はますます大きく感じられる。もちろん、この考え方が間違っているわけではない。文明社会を生きる以上、お金は欠かせない道具である。

しかし、卒サラ後の生活を観察する中で、私は少し違う景色を見るようになった。人生は、一直線に進むものではなく、「循環」しているように思えたのである。

身体を整える。
よく眠る。
人と語り合う。
自然に触れる。
新しいことを観察する。
面白いと感じる。
創造する。

そうした日々の循環の中から、安心が育ち、意欲が生まれ、自然に行動が始まり、その結果として成果や収入も生まれてくる。この世界では、お金は主人公ではない。

循環を支えるための道具である。

身体を整えるために使う。
学びを深めるために使う。
人と会うために使う。
挑戦するために使う。
時間の余白を生み出すために使う。

お金は、生命活動の循環を豊かにする資源なのである。だから、人生を循環として眺めるようになると、お金の価値が下がるわけではない。むしろ、その価値はより明確になる。

「何のために使うのか。」

その目的がはっきりしてくるのである。振り返れば、私自身も借入を完済したから安心になったのではなかった。生活のリズムを整え、身体を整え、人との関係を育み、自分に合った毎日を送る中で安心が育った。そして、その延長線上で自然に借入も完済していた。

順番が逆だったのである。お金が安心を生むのではない。安心して循環できる生活が、お金を含めた人生全体を整えていく。

人生を直線として見るか。それとも循環として見るか。その違いは、お金の価値を変えるのではない。お金の「役割」を変えるのである。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+ピラティス。朝食。執筆。移動販売―知人宅で昼食-ゴミ捨て。執筆。庭整備。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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