主人公は生命体としての人間だった。
本を書き始めた頃、私は「人間の設計思想」を探していた。
人間はどのように設計されているのか。
なぜ現代人はこれほど疲れているのか。
卒サラ後、人類史を学び、自分の生活を観察する中で、その問いを追い続けてきた。
最近になって、三冊分の構想が一つの線でつながった。
一冊目は、「顕在意識 ナビ→ドライバー」
本来、顕在意識は生命体が少し先を見るためのナビゲーション機能だった。しかし言語と概念を手に入れたことで、自ら人生を運転するドライバーになってしまった。
二冊目は、「思考 編集者→著者」
思考は、本来、観察した世界を整理し、圧縮・編集する役割だった。しかしいつしか、世界を知っている著者のように振る舞い始めた。
そして三冊目は、「文明 道具→主人」
文明は人間が作り出した素晴らしい道具だった。しかし気づけば、人間が文明を使うのではなく、文明に合わせて人間が生きるようになっていた。
こうして並べてみると、三冊とも同じことを書いている。
補助機能が主人公になってしまった物語である。
では、本当の主人公は誰なのだろう。私がたどり着いた答えは、とてもシンプルだった。
主人公は、生命体としての人間。
顕在意識も、思考も、文明も、その主人公を支えるために生まれた。
だから私は、それらを否定したいわけではない。
ナビは必要だ。
編集者も必要だ。
文明も必要だ。
ただ、主人公は生命体としての人間であることを、もう一度思い出したいのである。
そう考えると、人間は私たちが思っているよりずっとシンプルなのかもしれない。
生命体としての人間は、朝起きて、「今日は面白そうだ。」その静かな好奇心から自然に動き始める。安心があり、状態が整えば、意欲は自然に立ち上がる。
私は最近、人間とは案外、その程度の、とても美しく設計された生命体なのではないかと思うようになった。
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【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
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