生涯10冊出版

最近、ふと思った。「生涯で10冊くらいは本を書きたい。」以前の私なら、これは目標だった。

目標を立てる。
計画を作る。
努力する。
達成する。

そんな発想だったと思う。しかし今の私は、少し違う感覚を持っている。本を書く意欲は、頭で作ったものではない。

何かを観察していると、「これは面白い」という好奇心が湧いてくる。人と話していると、「この発見を伝えたい」という気持ちが育つ。それを本という形に編集して社会へ届けたくなる。振り返ると、この流れは私の意志だけで作ったものではなかった。私はこれを、人間の三つのOSが自然に働いている姿だと考えている。

進化OSは、「もっと知りたい」「探究したい」「面白い」という生命体としての好奇心を生み出す。関係OSは、「この発見を誰かと分かち合いたい」という気持ちを育てる。文明OSは、その思いや発見を本という形に編集し、社会へ届ける。

では、顕在意識は何をしているのだろう。以前の私は、顕在意識が人生のドライバーだと思っていた。しかし今は違う。顕在意識はドライバーではなく、ナビゲーターなのだと思う。

「次はこのテーマを書こう。」「まず一冊目を仕上げよう。」「出版社にはこの順番で話してみよう。」そんなふうに、方向を確認し、地図を読み、目的地までの道筋を考える。それが顕在意識の本来の役割なのではないだろうか。

だから、「生涯10冊書く」という数字も、私にとっては自分を追い立てるノルマではない。ナビに入力された目的地のようなものだ。目的地があるから、今どちらへ向かえばよいかが分かる。しかし、車を前へ進める力はナビではない。エンジンは生命体が持っている。

好奇心が湧き、人や本から学び、経験を観察して、伝えたいことが生まれる。その流れが続くなら、本は自然に増えていくだろう。振り返ったとき、本棚に10冊並んでいた。そんな卒サラ後の第二の人生だったら、きっと面白い。

卒サラから3年間。生活を観察し、人類史を学び、自分という生命体を観察し続けてきた。そして4年目に本書を書いた。その結果、人間とは何かだけでなく、自分がこれからどう生きたいのかも、少しずつ見えてきた。

ようやく視界が開けてきた。
だから今は、「10冊書かなければならない」とは思わない。
ただ、この視界の先に、まだ見ぬ地図があるのなら、それも描いてみたい。そう思っている。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。昼食。移動準備。箱根峠-夕食@海老名SA-新中野。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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