お金の道具化

お金は主人公ではなく、頼もしい道具だった。卒サラしてから、お金に対する見方が少しずつ変わってきた。現役時代、お金は人生の大きな目標のひとつだった。収入を増やす。資産を築く。老後に備える。もちろん、それは間違っていなかった。家族を守り、子どもを育て、親を見送り、安心して暮らすためには、お金は欠かせない。だから私も長い間、お金を人生の中心近くに置いて生きてきた。しかし卒サラ後、人類史を学び、自分の生活を観察する中で、少しずつ景色が変わってきた。

お金が大切ではなくなったわけではない。むしろ今でも、とても大切だと思っている。ただ、その位置が変わった。人生の主人公ではなく、人生を支える「主要な道具」になったのである。

以前は、「成果が出れば安心できる。」そう思っていた。しかし実際には、成果やお金だけでは安心は長続きしなかった。

本当に安心感を支えていたのは、身体が元気なこと。人とつながっていること。朝、「今日は何が面白そうだろう」と思えること。そうした日々の土台だった。すると、お金の役割も自然と変わった。人生そのものではない。人生を支えるための、大切な道具である。

不思議なことに、お金を主人公から道具へ戻したことで、お金が軽くなったわけではない。むしろ、その価値がよりはっきり見えるようになった。良い道具は、人生を豊かにしてくれる。しかし、道具が人生の目的になると、どこか苦しくなる。最近、そんなことを考えている。振り返れば、人間は便利なものを手に入れるたびに、それを主人公にしてしまう癖があるのかもしれない。

思考もそう。文明もそう。AIもそう。そして、お金もまた、その一つなのだろう。主人公は、生命体としての私たち。お金は、その人生を支えてくれる、頼もしい相棒である。そう思えるようになったことが、卒サラ後の私にとって最も大きな変化の一つなのかもしれない。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。マンション意見交換会-買物。昼食。執筆。買物。阪神タイガース観戦。夕食。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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