センサーは五感だけなのか? 私たちは、「現実を知る」と聞くと、頭で考え、理解することを思い浮かべがちである。しかし、本当に最初に現実と出会っているのは頭なのだろうか。私は最近、こんな問いを考えている。
身体は、直接的にはどのように現実を知るのか。
最初は、「五感」という答えが思い浮かんだ。
見る。
聞く。
嗅ぐ。
味わう。
触れる。
これらは確かに、身体が外の世界と出会う入口である。しかし、よく考えてみると、それだけではない。
空腹を感じる。疲れを感じる。心臓の鼓動を感じる。肩の力みを感じる。安心や緊張を感じる。これらもまた、身体が受け取っている現実である。つまり身体は、外の世界だけでなく、自分自身の状態も感じ続けている。
現代の神経科学では、この身体内部の状態を感じる働きを「内受容感覚(インターオセプション)」と呼んでいる。そう考えると、人間の身体には五感だけでなく、多様なセンサーが備わっていることになる。
ここから、さらに重要なことが見えてくる。身体は、ただ現実と出会っている。そこには、まだ意味づけは存在しない。熱いものに触れれば手を引っ込める。空腹になれば食べたくなる。疲れれば休みたくなる。身体は、「今ここ」の現実にそのまま応答しているのである。
一方、思考は違う。「危なかった。」「まだ頑張るべきだ。」「休んではいけない。」「これは成功である。」思考は、身体が受け取った経験に意味を与え、分類し、物語をつくる。
言い換えれば、
身体は現実と出会い、思考はその経験を編集する。
この役割分担こそ、人間という生命体の基本設計ではないだろうか。
AIは、情報を整理し、編集し、組み合わせることを得意とする。この点では、思考の働きとよく似ている。では、AI時代に人間だけが担える仕事とは何だろうか。私は、それは身体というセンサーを通して、実際の世界と出会い続けることではないかと思う。
身体は土地を歩く。思考は地図を描く。そして、その地図を携えて再び土地を歩き、違いを観察し、編集し直す。その往復こそが、人間の認知を育て、創造を生み出してきた営みなのである。AI時代だからこそ、人間はもう一度、身体というセンサーを通して「実際」と出会い直す必要があるのかもしれない。
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