概念にも種類がある。本を書き進めるうちに、ひとつ気づいたことがある。私たちは「概念」とひとまとめにしてしまいがちだが、実は概念にもいくつかの種類があるということだ。
例えば、「人間の設計思想」や「生活OS」は、人間がどのようにできているかという構造を表している。
一方、「安心」や「整った状態」は、その瞬間の生命体の状態を表す言葉である。
さらに、「快」「疲れ」「眠い」「空腹」といったものは、身体が直接感じている体感である。生命体は言葉ではなく、こうした感覚を通して「こちらへ進もう」「少し休もう」と静かに語りかけている。
そして、「観察」「思考」「編集」といった言葉は、何かを処理する働きを表している。
このように見ていくと、同じ「概念」でも役割はまったく違う。
構造を状態と混同すると、「人間とはこういうものだから変えられない」と考えてしまうかもしれない。
状態を体感と混同すると、「疲れ」という身体からのサインを、「自分は弱い」という思考の評価へと置き換えてしまうこともある。
私たちは、知らないうちに異なる種類の概念を同じ土俵で扱っていることが少なくないのである。
人間という生命体を理解するためには、まず「今、自分は何について話しているのか」を区別することが大切なのかもしれない。
それは構造なのか。
状態なのか。
体感なのか。
それとも働きなのか。
この違いが見えてくると、人間という存在は、以前よりずっと立体的に見えてくる。そして、自分自身を観察するときにも、思考が作った物語ではなく、身体が伝えている現実へと戻りやすくなるように思う。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。病院-薬局。朝食。買物。執筆。昼食。ピラティス。大相撲観戦。11宴席@新宿のビアホール。阪神タイガース観戦。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
