卒サラ後の3年間で、私が本当に変えたもの。卒サラして3.5年間経過。改めて振り返ると、私が変えたのは「何をするか」ではなかった。変えたのは、人間という生命体が自然に働ける環境である。
まず変わったのは、時間との付き合い方である。
睡眠を最優先にし、生活リズムを整え、朝の時間を大切にする。夜は無理に考えず、身体を休ませる。時間を効率よく使うことよりも、人間本来のリズムに合わせることを意識するようになった。
次に変わったのは、疲れとの向き合い方である。
現役時代は、疲れても頑張ることが当たり前だった。しかし今は、疲れを感じたら「何が疲れているのか」を観察する。身体なのか、思考なのか、それとも心なのか。そして、その回復を優先する。振り返れば、人間は疲れないように設計されているのではない。疲れても回復できるように設計されているのである。その回復力を信頼するようになった。
三つ目は、空間への意識である。
東京と箱根の二拠点生活を送り、自然に触れ、温泉に入り、散歩をする。家の中の音や居心地にも気を配るようになった。以前は空間を人生の背景だと思っていた。しかし今では、空間そのものが人間の状態をつくる大切な要素であると感じている。
そして、この3年間でもっとも新しかった変化が、AIとの対話である。
毎日のようにAIと対話し、頭の中にあるモヤモヤを言葉にする。AIはそれを整理し、構造化し、新たな見方を示してくれる。そして私は、その言葉をすぐに結論とはせず、ブログに「一次保存」したあと、生活の中で身体に問いかける。「本当にそうなのか」と観察し、確かめ、また対話する。その繰り返しであった。その結果、一つの大きな変化が起きた。
頭の中にモヤモヤを抱え続ける時間が、驚くほど少なくなったのである。
以前は、まとまらない考えを何日も頭の中で転がしていた。同じところを何度も行き来し、少し整理されたと思えば、また散らかる。その繰り返しであった。しかし今は、モヤモヤを一度外へ出し、AIと対話しながら構造化できる。もちろん、AIが答えを与えてくれるわけではない。最後に確かめるのは、いつも自分の身体である。
観察する。対話する。身体で確かめる。そしてまた観察する。
その循環が生まれたのである。以前、私は「AIは思考のワーキングメモリを外部化した」と考えた。今は、もう少し実感に近い表現ができる。
AIは、頭の中にモヤモヤを抱え続ける時間を短くしてくれる。
だから人間は、頭の中をぐるぐる回り続ける時間を減らし、その分だけ世界を観察し、人と語り、身体の声を聞く時間を取り戻すことができる。AIは、人間から考える力を奪う道具ではない。むしろ、人間を再び世界へ返してくれる道具なのである。
卒サラ後の3年間で私が変えたのは、人生の目標ではなかった。生命体が自然に働ける土台を整え、その上でAIという新しい認知の道具を手にしたのである。その土台が整うと、「頑張ろう」と意志を振り絞らなくても、自然に人に会いたくなり、学びたくなり、書きたくなる。成果とは、その生命活動の循環の中から、あとになって静かに現れてくるものなのかもしれない。
【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報by新聞・TV。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+朝ヨガ。朝食。執筆。庭整備。昼食。ゴミ捨て-ガソリンスタンド-コンビニ-ジム。大相撲観戦。夕食。阪神タイガース観戦。執筆。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
