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先日、銀行時代の昔の仲間たちと宴席を囲んだ。私が20代前半だった頃、同じ職場にいた人達だ。あれから40年ほど。それぞれの人生は、当然ながら大きく分岐していた。

90歳になった男性は、娘さん夫婦と暮らしながら、運動習慣と人との交流を維持して元気に生活している。60代で離婚した女性は、「スッキリした。今は幸せ」と話す。67才の独身女性は、若い人を指導することが楽しいと、今も仕事を続けている。65歳で大腸を20センチ切除した男性は、現在は無職だが、「もう一度仕事をしようかな」と考えている。夫婦とも60代のパワーカップルは、特に大きく生活を変えることなく、現状維持を漠然と考えている。64才の男性は、やはり若手を指導することが楽しいと仕事を続けている。67才男性は卒サラして2年経過、ゴルフを月3回しているという。

20代前半には同じ銀行、同じ職場にいた人たちである。当時は、みんな似たような人生を歩んでいくようにも見えた。しかし40年間が経ってみれば、まったく違う。結婚を続ける人もいれば、離婚して幸せになった人もいる。仕事を辞めた人もいれば、仕事そのものより若い人との関係を楽しみながら続けている人もいる。大きな病気を経験した人もいる。そして90才になっても元気に動き、人と交流している人もいる。

「老後にはこう生きるのが正しい」というひとつのモデルなど、どうやら存在しない。ただ、昨夜の話を聞きながら、最近付き合いのある76才の独居のフランス人男性のことを思い出していた。彼を見ていて私が強く感じるのは、「独居」の問題というより「封鎖」の問題である。身体が動きにくくなる。外出が減る。人と会わなくなる。買い物や食事など、生活の選択肢が減る。外から入ってくる刺激が減る。すると、さらに外へ出る理由がなくなる。

身体が弱る→外出が減る→人との接触が減る→刺激が減る→役割が減る→動く理由が減る→さらに身体が弱る 一つひとつは小さな変化でも、それらがつながると「封鎖循環」が始まる。これは怖い。

反対に、昨夜の90才男性には逆の循環があるように見えた。身体を動かす。人と会う。娘さん夫婦と暮らす。生活の中に外界との接点がある。すると刺激が入り、また動く理由が生まれる。年齢は90才でも、世界との回路がまだ開いている。

そこで、自分自身の現在の生活を点検してみた。まず身体。ジム、ヨガ、マシンピラティス、ゴルフ、散歩、水泳などがある。最近は特に、「重力に負けず、自分の身体を自分で運べる状態を長く維持する」ことを意識するようになった。

次に関係。宴席、ランチ、ゴルフ、LINEでの交流。妻や子供たちとの関係もある。昨夜のように40年以上前の仲間と会う機会もある。

そして役割。会社員を卒業したので、会社から与えられる役割はもうない。その代わり、今は「人間の取扱説明書」を書こうとしている。生命体、身体、思考、自己、文明、生活、循環。自分自身を実験台にしながら、人間とは何なのかを考え、それを文章にして社会へ返してみたい。これもひとつの役割なのだろう。

最後に環境。東京と箱根、そして最近加わりつつあるシンガポール。環境を変えると、身体の動きも、時間の使い方も、思考の向きも変わる。3拠点生活は単なる不動産や旅行の話ではない。自分と世界との接触面を変える装置なのかもしれない。

こうして考えると、身体・関係・役割・環境という四つは、別々のものではない。すべて「世界との回路」である。身体があるから世界へ出られる。人との関係があるから世界とつながる。役割があるから世界に働きかける。環境を変えるから新しい世界が入ってくる。そして、それぞれが互いを支えている。

だから老後について考えるとき、「健康でいよう」「友達を作ろう」「趣味を持とう」と個別に考えるだけでは足りないのかもしれない。重要なのは、世界との回路を閉じないこと。もっと言えば、身体・関係・役割・環境を循環させ続けること。

老化そのものは止められない。身体能力も少しずつ落ちるだろう。行ける場所も、できることも減っていくだろう。しかし、ひとつの回路が細くなったからといって、全部を閉じる必要はない。ゴルフができなくなっても、人には会える。遠くへ行けなくなっても、近所を歩ける。仕事を辞めても、誰かに経験を伝えることはできる。3拠点を移動できなくなっても、ひとつの場所で外界との接点を作ることはできる。そう考えると、老後の設計で本当に避けたいのは「老化」そのものではないのかもしれない。ひとつの縮小が次の縮小を呼び、世界との回路が次々と閉じていくこと。76才の知人は、そのことを私に強烈に教えてくれた。一方で、昨夜会った90才の男性は、反対側の可能性を見せてくれた。

64才になった今、両方を目の前で見ることができたのは大きい。人生後半に必要なのは、何かをひたすら増やすことではない。身体を動かし、人と会い、役割を持ち、時には環境を変える。世界から何かを受け取り、自分も何かを世界へ返す。そしてまた世界へ出ていく。老後とは、静かに閉じていく時間ではなく、世界との回路を細くても長く開いておく時間なのかもしれない。

【今日の1日】5時起床。家事一般。新聞+サイト運営。白湯+オイルうがい+ピラティス。朝食。胃腸科-ジム-知人とランチ@荻窪-貸金庫-ジム。大相撲観戦。夕食。阪神タイガース観戦(負け)。Line。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語― 人間の設計思想を再発見する物語」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート維持

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