「9・11」から25年。あと25年生きれば89歳。
今日、2026年9月11日。「9・11」から、ちょうど25年が経った。実はあのとき、私はニューヨーク勤務だった。オフィスはマンハッタンのミッドタウンにあった。だから直接被害に遭うことはなかった。今になって考えると、「オフィスがミッドタウンで助かった」という一言には、かなり重いものがある。もし勤務地がもっと南だったら。もし、たまたまあの日にワールド・トレード・センターの近くにいたら。もちろん、そんな「もし」を考えても仕方がない。ただ、人生には、自分の意思や努力とはほとんど関係のないところで、生と死が分かれる瞬間がある。
あれから25年。当時の私は39才直前だった。そして今、64歳。ここで、ふと思った。あと25年間生きたら、89歳になる。生きていても、まったく不思議ではない。一方で、死んでいてもまったく不思議ではない。なかなか絶妙な年齢である。そう考えると、「25年」という時間が突然、自分の人生の物差しになった。
2001年から2026年までの25年間。
ニューヨーク勤務から始まり、仕事を続け、海外でも暮らし、子どもたちは独立し、両親を見送り、還暦で会社員生活を終えた。そして今は、東京と箱根を行き来しながら、料理をしたり、歩いたり、ヨガをしたり、本を書いたりしている。振り返れば、25年はものすごく長い。人生が一度組み替わってしまうほどの長さである。
ところが時計の針を反対側へ向けると、2026年から2051年。これも同じ25年だ。理屈の上では、もう一度、同じ長さの時間が残っている。ただし、大きな違いがある。39才だった私は、64才の自分をかなり自然に想像できた。しかし64才の私は、89才の自分が存在していることを前提にはできない。これからの25年には、途中にどこか分からない「終点」がある。
だからといって、暗い話ではない。むしろ逆である。終点が見えないからこそ、これからの時間は面白い。89才まで生きることそのものを目標にする必要はない。健康寿命を何歳まで伸ばす、資産をいくら残す、何冊本を書く。そういう目標も悪くない。しかし、それだけでは少し違う気がする。私がこれからやりたいのは、89歳まで生きてもいい生活をつくりながら、今日で終わっても、それなりに納得できる一日を積み重ねること。
頭は未来へ。身体は今ここ。未来について考えることはできる。準備することもできる。しかし身体が生きられるのは、今日だけである。歩く。食べる。眠る。人と話す。誰かを気にかける。面白いものを見る。考える。書く。そして、ときどき何もしない。最近考えている「静→動→静」という生活も、結局はそのためなのだと思う。
25年前の9月11日。私はニューヨークにいた。そして今日、日本でこうして文章を書いている。それ自体、考えてみれば不思議なことである。人生は、自分で設計しているようでいて、かなりの部分が偶然によって運ばれていく。だから、25年先を支配しようとする必要はない。今日の生活OSを整える。身体を動かす。世界に関心を向ける。面白いと思ったことを考える。して明日の朝、目が覚めたら、「今日も生きていて面白そうだ」と思えれば、それでいい。あと25年あるかもしれない。10年かもしれない。1年かもしれない。それは分からない。ただひとつ確かなのは、2001年から今日までの25年を生きたように、これからの人生も、一日ずつしか生きられない。89才という数字を見て、死を意識したというより、むしろ改めて、「まだ今日がある」と思った。
【今日の1日】5時起床。家事一般。新聞+サイト運営。白湯+オイルうがい+ピラティス。朝食。衣替え。移動販売-昼食@知人宅-ゴミ捨て。郵便局。家財整理。夕食。就寝。(一言)
【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語― 人間の設計思想を再発見する物語」ドラフト
【OUTPUT】マンダラチャート維持
