最近、「現実と向き合う時間を増やしたほうがいい」と考えていた。
スマホを置く。
PCから離れる。
散歩する。
運動する。
自然の中に行く。
もちろん、それも大切だ。しかし、少し違う気がしてきた。大切なのは、現実と向き合う時間を増やすこと以上に、現実と向き合う頻度を上げることなのではないか。
思考は、放っておくと連続する
人間の認知活動を大きく捉えると、現実 → 認知 → 思考 → 行動 → 現実という循環になっている。
現実と出会う。
それを身体が受け取る。
頭の中で編集し、意味づけし、未来をシミュレーションする。
そして行動する。
行動した結果として、また現実と出会う。
本来は、こんな循環なのだと思う。ところが現代生活では、ここに少し変化が起きている。現実 → 認知 → 思考 → 思考 → 思考 → 思考……となりやすい。
仕事を考える。
メールを読む。
ニュースを見る。
SNSを見る。
検索する。
PCで資料を作る。
スマホを見る。
どれも身体は「今ここ」にいるのだが、意識は「今ここ」以外を走り回っている。そして生成AIが登場した。これはさらに強力だ。生成AIと対話していると、思考がどんどん展開する。ひとつの問いから次の問いが生まれ、それまで数日かかっていた思索が、数十分間で進むことさえある。
便利である。しかし同時に、思考の世界に滞在し続けることも、ますます容易になった。
思考を減らす必要はない
だからといって、私は「もっと考えるのをやめよう」とは思わない。思考は、人間が獲得したすばらしい能力だ。問題は、思考そのものではない。
思考から現実へ戻ってくる回数が減ることなのではないか。たとえば、何かを考えたら歩いてみる。文章を書いたら窓の外を見る。AIとしばらく対話したら、PCを閉じて身体を動かす。
料理をする。
掃除をする。
植物を見る。
人と会う。
風を感じる。
そして、また考える。つまり、思考 → 現実 → 思考 → 現実という往復を増やしていく。一回一回、長時間である必要はない。むしろ重要なのは、循環を短くすることなのかもしれない。
「現実への再接続能力」
考えてみれば、身体はいつでも「今ここ」にいる。未来の身体も、過去の身体も存在しない。身体は、気温を感じ、重力を受け、疲れ、空腹になり、音を聞き、光を見る。身体は現実から離れられない。一方、思考は簡単に現実から離れられる。
昨日の失敗を何度でも再生できる。
来月の予定をシミュレーションできる。
まだ存在しない本を書くこともできる。
この能力によって、人間は文明をつくった。しかし、思考の世界が巨大になった現代では、逆方向の能力も必要になったのではないか。
私はそれを、「現実への再接続能力」と呼んでみたい。思考しない能力ではない。思考の世界から、何度でも現実へ戻ってこられる能力である。
AI時代には、さらに重要になる
生成AIが普及すると、人間の思考能力はさらに拡張されるだろう。
考える。
調べる。
比較する。
整理する。
シミュレーションする。
これまで人間の頭の中だけで行っていたことの一部を、AIと一緒に猛烈な速度で進められる。だからこそ、人間側には別の役割が残る。
現実を見ること。
AIとの対話だけで、AI → 思考 → AI → 思考 → AI……と回し続けるのではなく、
AI → 思考 → 現実 → 観察 → AI
と回す。
実際に歩いてみる。
人に会ってみる。
やってみる。
身体で感じてみる。
そこで得たものを、また思考やAIに戻す。AIが思考の速度を上げるほど、人間には現実へ戻る頻度が必要になる。これは少し面白い逆説である。
人間の本業は、現実と出会い続けること
人類の長い歴史を考えれば、かつてはこんなことを意識する必要さえなかったのかもしれない。
寒ければ寒い。
獲物がいなければ食べられない。
雨が降れば濡れる。
疲れれば動けなくなる。
現実のほうから、否応なく人間を「今ここ」へ引き戻してくれた。ところが文明が発達するにつれて、私たちは現実から離れた場所で過ごせるようになった。そしてスマホと生成AIの時代になり、その距離はさらに広がろうとしている。
だから今度は、人間のほうから意識して現実へ戻る必要がある。長時間でなくていい。何度も戻ればいい。
現実 → 思考 → 現実 → 思考 → 現実。
そう考えると、以前から私の中にあった言葉も、少し変わって見えてくる。
人間の本業は、現実と出会うこと。
いや、もう少し正確には、
人間の本業は、現実と出会い続けること。
そして思考は、その出会いから離れるためのものではなく、
次の現実との出会いへ向かうためのナビなのかもしれない。
「現実と出会う」とは、特別な体験をすることではない。身体を通じて、目の前の環境とのやり取りを再開することである。
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