マンダラチャート

2年ぶりにマンダラチャートを全面的に見直した。

卒サラして1年半ほど経った頃に作ったものは、「これから何を育てたいか」を中心に描いたものだった。当時は、生活リズムを整え、身体を観察し、自然の中で暮らし、人類史を学び直しながら、自分なりの方向性を探している時期だった。

それから2年間が経過。

今回あらためて書き換えてみると、面白いことに気づいた。

目標は大きく変わっていない。
しかし、その中身は大きく変わっていたのである。

以前は「何をするか」が多かった。
今回は「どんな状態で生きるか」が中心になっていた。

睡眠。
身体。
観察。
生活。
創造。
対話。
そして、人間という生命体の設計思想。

一つひとつを見ると地味である。しかし全体を眺めると、一本の筋が通っていた。

卒サラ後の3年間、私は生活を観察し続けてきた。

身体は何を感じているのか。
なぜ心は疲れるのか。
安心とは何か。
人は何によって自然に動き始めるのか。

その問いを追い続けた結果、「人間という生命体の設計思想」というテーマにたどり着いた。今回のマンダラチャートには、その設計思想が自然と反映されていた。興味深かったのは、「成果」や「目標」が消えたわけではないことだ。

本を書く。
人に伝える。
新しいことを創造する。

それらは今も残っている。

ただし、それらは以前のような「追いかける目標」ではなくなった。

身体が整い、
生活が整い、
安心が育ち、
「今日は何が面白そうだろう」という好奇心が自然に立ち上がる。

その延長線上に創造があり、本を書くことも位置づけられるようになったのである。振り返れば、この変化そのものが、私が本で書いてきた「人間の設計思想」を、自分自身が少しずつ生きるようになった証なのかもしれない。

マンダラチャートは、未来の目標を書くためだけの道具ではない。今の自分が、何を大切にして生きているのかを映し出す鏡でもある。だからこそ、数年おきに見直してみると面白い。

言葉は変わる。
優先順位も変わる。

しかし、本当に大切なものは、意外なほど変わっていないことにも気づかされる。

今回の見直しで、私はもうひとつ確信した。

人生は、「何を達成するか」を積み上げる旅というよりも、「人間という生命体の設計思想」を少しずつ思い出していく旅なのかもしれない。

【今日の1日】晴。5時起床。家事一般。情報byメディア。サイト運営。SNS受発信。オイルうがい+白湯+ピラティス。朝食。思索。昼食。昼寝。執筆。大相撲観戦。夕食。阪神タイガース観戦。就寝。(一言) 

【INPUT】(日経新聞) (WSJ) (YouTube)(読書)「卒サラ@還暦 物語-自己・人間・世界を再解釈してみた」ドラフト

【OUTPUT】マンダラチャート2年ぶりに一新

コメントする